第一章

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信子は、何となく思い出してしまう。 信子が晴れて昇進した年、大学を卒業して入行してきたものの、全く仕事を物にできない女子がいた。 何のために大学で4年も勉強してきたのか。しかも聞けば、経済学を専攻していたという。 信子の指導も虚しく、彼女はミスを連発し、元帳を赤訂正で真っ赤にし、なかなか仕事を任せることができなかった。 信子の勤めていた銀行では、年度末に本店の人事部から二人一組となって店舗にやって来て、現状の働き方や仕事上の悩み、移動先等の希望等を聞き取りする。大抵の職員は当たり障りのない回答をし、来年度もよろしくお願いしますとなるのだが、この出来損ないの女子が信子からパワハラを受けているので移動させて欲しいと訴えたと言うのだ。 しかも泣きながら。 どういうことかと、信子は本店に呼ばれた。 寝耳に水だった。 自分の無能さを棚に上げ、上司のせいにし、本部に媚を売っているように思えた。 結局その女は次の年度から他の店舗へと移動していった。 数ヶ月後内線電話でその女から信子宛に電話があった。 「寿退社することになりました。お世話になりました。街で主人と歩いているところを見かけたら、声かけてくださいね。」 電話の向こうからでもわかる、自分を見下した話し方。なぜあんな無能な小娘に侮辱されなければならないのか。結局、腰掛だったのだ。 次の年、別の若い女が入れ替わりに信子の店舗に移動になってきた。 彼女は優秀だったが、やはり信子のことを警戒していた。 秋になり、会社の地域貢献で信子の所属する店舗が街のソフトボール大会に参加することが決まった時、彼女に参加するように指示すると、行けないと言った。理由を聞くと彼女は答えた。 「あの、安定期に入ってから言おうと思ってたんですけど、私妊娠しているんです。だから、激しい運動はできないんです。」 信子は、返す言葉がなかった。その女は25歳で結婚もしていなかった。 だが結局その年の12月末、彼女は結婚式と出産を控えて退職した。 その頃テレビや雑誌では、仕切りに負け犬という言葉が取り沙汰されていた。
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