第一章

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職場は車で15分程の郊外にあり、広くて無料の駐車場がある。 銀行員として働いていた頃は自分で駐車場を借りなければならず、結構な出費だった。 弁当の入ったカバンを持ち、信子は職場の玄関に向かう。 ここ半年、出勤の日は毎日しているようにロッカールームでエプロンをつける。 「江東さん、いつも綺麗にしてますよね。髪の毛とかもすごくお手入れされてるって感じ。私なんて育児に追われて自分は後回しだからすごく羨ましい。」 不意に、自分よりも年下の同僚に声をかけられる。 声をかけられた事に驚いて話しかけた本人の顔を見ると、化粧気のない顔をして、懸命に髪を後ろに一つで結ぼうとしているところだった。 寝起きのまま、髪の毛もそのまま来たのだろう。気の毒なほどみすぼらしく見えた。 「私は、自由な時間が多いから。」 信子が小さな声でつぶやくと 「小島さーん、おはよう。」 と別の同僚が彼女に声をかけた。彼女との会話はそこで途切れた。 慌ただしくロッカールームを出ていく2人を見送り、信子は1人思う。 自分に手をかける余裕がある自分と、髪もボサボサのまま出勤してくる母親。 一体どちらが幸せだろうか。 人の価値観によって、何が幸せか全く違うことはわかっている。 家族がいても苦労ばかりしている女もいれば、1人でいて充実した人生を送る女もいる。 今の信子には、ノーメークでボサボサの髪を後ろに引っ詰めている小島が眩しく見えた。
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