第一章

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信子は、喧騒の中で立ち尽くしていた。 世の中で自分だけが1人だ。 鳥肌が止まらない。 今の女は、退社をしてからの長い時間、手厳しく指導した信子のことをずっと恨んでいたのだろう。 街中で会ったら、信子にかける言葉を準備していたに違いない。 仕事ばかりで他に何も持たない信子をきっとどこかで軽蔑し、厳しく指導された事を恨み、仕返しの機会を狙っていたのだ。 ほんの5分ほど前、その絶好のチャンスが来たのだ。 女は目的を果たし、返事もできずにいる信子に一瞥をよこすと去っていった。 片頬は、確かに笑っていた。 なぜ、自分ばかりがこんな目に遭うのか。 何をしたと言うのか。 いつも、その時のベストを尽くして頑張って来たではないか。 信子がここで立ち尽くしていても、誰も気にしない。 一定の距離を保ってすり抜けていくだけだ。 誰か、誰か私の手を引いて暖かい場所へ連れて行って欲しい。 ふと視線を感じ、顔を上げると見知らぬ老婆が怪訝そうな顔で信子のことを見つめている。 我に返った信子と目が合うと、話しかけようとして来たので慌てて立ち去る。 ショッピングセンターの通路を引き返しながら、今度は耐え難い屈辱に襲われた。 「負け犬」 何年も前に流行っていた言葉を思い出す。 吐きそうなほどの不快感と頭痛がする。 何とか車に乗り込むと、自宅へと車を走らせた。 「お母さん。」 気がつくとポツリと一言発していた。
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