第一章

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信子がネットで調べた結婚相談所は、街中のビルの一室に入っていた。自動ドアを潜ると冷んやりとした空気に包まれる。年配のガードマンが立っていたが、信子に一瞥もくれない。 正面にあるエレベーターを目指して直進する。間もなくドアが開くと信子はそれに乗り込んだ。目的の場所が8階にあるのは前もって調べてあったので、迷うことなく8階のボタンを押す。やがて8階に着くと信子はフロアの案内地図を見る。お目当ての自事務所を見つけると、働いていた頃に購入したハイヒールをコツコツと鳴らしながらそちらに向かう。多少太ったせいで、ハイヒールはキツくなり足の甲がはみ出していた。 結婚相談所などというので華やかな事務所を想像していたが、実際のそれは普通の事務所のように見えた。たった今通ってきた隣の派遣会社の事務所と、さほど変わらないように見える。 ガラス張りの重たいドアを開けると、すぐに受付のデスクがあった。 かっちりとスーツを着込んだ40代前半と思われる女性が、信子を見ると薄い笑顔を顔面に貼り付けて信子のところに歩いてやってきた。 「こんにちは。どうぞお座りください。」 薄く香水の香りがする。 言われるがままに信子は椅子に座る。 「あの、電話も何もせず、いきなり来てしまって。」 信子は小さな声で言う。 「大丈夫でございますよ。本日はご登録をご希望ですか。」 受付の女は感じよく言った。 「ええ。私50代なんですけど、それでも登録できるんでしょうか。」 信子がおずおずと聞くと 「お客様、恋愛や結婚に年齢は関係ございませんよ。大事なのは出会いのタイミングです。ここで登録して、積極的にお相手を探しましょう。」 という、いかにもマニュアル通りな返事が返ってきた。 それでも、年齢は関係ないと言われ、信子は少し勇気が湧いた。 その女性は自らを後藤と名乗ると、信子を奥のテーブルに案内した。 ピンク色のテーブルに可憐な花が飾られている。薔薇とかすみ草だ。 後藤は一度奥に引っ込むと、紅茶を持って戻ってきた。 信子の前にカップを置き、次にノートパソコンを持って現れると笑顔のまま信子の向かい側に座った。 それからは、形式的なやりとりが行われた。 まず、入会金と月会費の説明や理想の男性像、自分のプロフィールや趣味、性格まで、さまざまな質問を浴びせられ、答えるたびに担当の女がパソコンに入力していく。 まだ最初なので月額一万円のコースに登録した。月額の金額が上がると、紹介してもらえる人数が増える仕組みらしい。 信子はうんざりするほどの質問に答えた。登録するまでに一時間以上かかったが、無事に信子のプロフィールページが出来上がった。 最後に後藤の名刺とパンフレットをどっさり渡され、信子は結婚相談所を後にした。 外に出ると、クタクタに疲れていた。
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