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僕が答えを濁してしまったのは、他でもない。忘れん坊の泥棒。奴のせいだった。
奴がいるから。彼女は美しいまま、また傷付こうとしている。
奴が盗んだから。僕はまだたった一人の少女だって救えない。
「泥棒なんて、いなくなれ……」
夕暮れ前の、少し白んだ夏の空。
降り注ぐ蝉時雨の中に、ヒグラシの囁きが混じる。
木の根が押し上げ、古びて割れたアスファルトに、陽炎が踊っている。
その陽炎の中に、あの日の「少女」が見えたのは、きっと幻影に過ぎないのだろう。
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