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「なんかじゃないさ、天月詩乃がいいんだ。他の誰でもない、君だけが」
天月でいい。
そんな妥協案じみたものじゃなくて、天月が、いい。天月が、好きだ。
蝉時雨が途絶えた。一瞬の静寂。地を這う乾いた風が、天月の顔にかかった黒髪を撫でる。
柔らかに揺れた黒髪の隙間から、ビー玉みたいに濡れた瞳が覗いた。
「じゃあ、よろしく、お願いします……」
「こちらこそ、よろしく」
照れ隠しに差し出された細い手を握り返す。
「メリットは、見つかった?」
「んむぅ……、優しいのに意地悪ですね、君は」
赤らんだ頬を押さえつつ、天月が睨み付けてくる。
僕は笑う。つられた彼女も、恥ずかしそうにニシシと笑った。
──不意に。
けれど、当然の事のように、僕らの距離が縮まる。
どちらから歩み寄ったのかもわからない。
初めからこの距離だったのかもしれない。
いや、或いは。僕たちの距離は、初めから一歩だって縮まっていなかったのかもしれない。
そんなことは、今も当時もどうでもよくて。
僕たちはただ、吸い寄せられるように自然に──
「……フフッ。これでオトナ、ですか?」
「さあ。どうだろうね?」
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