僕らはただの友達で

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 凍っていた蝉時雨の激流が、溶け出すように押し寄せる。  あの頃の僕たちはどこまでも純粋で、不器用で。後の事なんて、考えた振りだけして放り出していた。  達観した気でいて、その実僕たちは、どうしようもない所で子供だった。  だから僕らは、ほんの些細な違いに、息を詰まらせていった。  付き合う前は平気だった彼女の他人への冷たい優しさにも、モヤモヤした焦りばかりが募るようになってしまった。  ──あんまり他の男に優しくしないでほしい  僕は少し、けれど確かに嫉妬している。  本当は、面と向かって彼女にそう言うべきだったのだろう。  けれどその思いが、醜く見えて、喉につっかえて。最後まで、言葉にすることはできなかった。  言葉が埋めるはずだった距離。  言葉が埋められなかった距離。  触れるほど近くて、声が届かないほど遠い距離。  僕らが埋められなかった距離は、気付けば越えられないほど遠くなって。  いつしか僕は、彼女に背を向けて目を閉じた。  好きという感情に蓋をして、天月詩乃から離れてしまった。 『大丈夫ですか?』 『別れるって、そんな急に……!』 『私、楽しかったです』  彼女は声をかけてくれた。けれど、そのどれも核心には触れてくれなかった。  きっと僕たちは、不器用すぎたのだろう。 『もう、友達に戻ろう』  夏に始まった僕らの関係は、その年の冬には冷たい雪に埋もれた。  季節は巡る。  けれど僕らの恋は巡らず、未だに冷たい雪に埋まり続けて。  けれど不器用な僕らは、その宝物を取り出す方法を見付けられないでいる。  寒い、と思った。  見上げた視界に、彼女はいない。  代わりに、見知った駄菓子屋が佇んでいる。  看板だけが真新しい軒先で、一人の女性が箒を片手に笑っている。  「駄菓子屋ノーベル」。そこが僕の、目的地だった。
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