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小学校一年生の春。
僕は同じ年頃の子供達と遊んでいた。そこには友達とその妹がいて、今でもその日したかくれんぼを覚えている。
けれど翌日、友達はそれを覚えていなくて、それどころか「妹なんていないけど」と言う。周りも、知らないと言う。
似たようなことは何回だって起こった。
落として割った皿がヒビもなく元に戻っていたり、短気だった知人が急におおらかになったり。
その度に僕は、どこか違う世界に来てしまったと鍋覚してしまう。いつしか僕は、自分が泥棒なのだと考えてしまうようになった。
その考えが何故素直に出てきたのかはわからない。きっと幼児特有の、思考の跳躍か何かだろう。
『君の人生の主人公は君だ! 』
通りすがった本屋のガラスに、デカデカと貼られた自己啓発本の広告。
眼鏡の中年男性が掲載されたそれに舌打ちを残して、僕は歩き続ける。
昔は僕も、何百万部も売り上げる冒険小説の主人公になれると思っていた。
けれど今となっては、それが叶わないことだとも知っている。
もしもこの世界が物語で溢れていて、人の一生でさえもドラマでしかないのなら。
僕の物語はきっと、古本屋の隅で埃を被っている三文小説のようなもの。
物語に登場するのは忘れん坊の泥棒で、正義のヒーローも、悪の秘密結社も登場しない。
そんな平凡な物語を、一体誰が読んでくれるというのだ。
少なくとも僕は、そんな人間を一人しか知らない。
だからこそ僕は、 この物語を。この不思議なかくれんぼを終わらせられないでいる。
これは初めから、彼女一人のために紡がれていた物語なのだから。
《入院中の女子高生刺され死亡 ストーカーの男を逮捕》
地方新聞の小さな切り抜き。褪せて消えかけたその記事の記憶を、そっとなぞる。
この地方都市で起きた、小さな事件。あるはずだったその事件を覚えている人は、もういない。
──一緒に、優しい世界を探してくれませんか?
天月時乃。
成長と共に忘れられていく、宝物みたいに純粋な雨ざらしの記憶。
それは触れれば崩れてしまいそうで。けれど星の光のように強かなその名前を、僕は何度も思い出す。
「誰かのために傷付いてあげられない世界なんて、こんなにも冷たかったよ、天月」
いなくなった天月への舌打ちを呑み込んで、空を見上げる。相変わらず冷たい世界は、退屈に回っていた。
この奇妙な平凡を、たったーつの物語とするのなら。僕たちの恋物語は、十年前のかくれんぼの日に終わっていたのかもしれない。
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