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あの日、忘れん坊の泥棒に呪われた男の子。
男の子の見返りに盗まれた、可哀想な女の子。
その行方を、僕は十年前から探し続けている。
「……やっぱり君は、ただのお子ちゃまじゃあなさそうだ」
困ったような微笑と、嘆息。ザハロフさんの表情に、今度は僕が困惑する。
「どういう意味です?」
「いくら都市伝説でも、泥棒と呪いを直結させて考える高校生なんていないだろう? それに君は、泥棒が盗んだものを知ってる口ぶりだ」
藍色の箱からショートピースを取り出して、ザハロフさんがその火口を軽く叩いた。
「おっけい、だが私が言えるのは呪いに関する事だけだ。なんでも私が知ってると思ったら間違いだよ」
葉を偏らせた両切りのタバコを、浅く咥えて火をつける。
時折こちらに流されるザハロフさんの目線が、いやに色っぽい。
「じゃーまず呪いについて定義してみようか。呪いとは法や祝詞が変異したものであるとされ、転じて相手に悪意を大声で伝えること、らしい。さらに現代では魔術的な側面を持ち、対象を殺害、ないし不幸にする意味に変わった、だったかな」
咥えた煙草を軽くふかして、ザハロフさんが持ち前の饒舌を発揮する。
ほんのりと香るバニラの甘い匂いに、ほんの一瞬だけ、それがタバコであることを忘れてしまう。
「……僕まだ未成年なんですけど、受動喫煙」
「おっと、すまないね。すぐ消すよ」
苦笑するザハロフさんが紫煙を吐き出す。灰の煙はどこにも行けず、古い天井の上を這い回る。
その紫煙を、帰っていく恋人のように見送ると、彼女はもう一度僕を見据えた。
栗色に彩られた目。けれどその瞳孔は、深い黒に沈んでいる。
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