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「忘れん坊の泥棒に呪われた人間は、小さな盗みを無意識の拒絶で行うようになる。そしてやがて、拒絶を恐れるようになるのさ。だが、それでも決して何かを嫌い、拒絶する気持ちは拭えない。人間だからね」
それが半分の泥棒サ、とザハロフさんは笑う。
まるで、今まで見てきたものを懐かしむかのように。
「それが泥棒の狙い。溜め込んだ拒絶が解放される度、半分の泥棒は忘れん坊の泥棒に近付き──」
煙草の代わりに取り出した飴玉が、ザハロフさんの口許で小さく砕けた。
「やがて本物の忘れん坊の泥棒になるのさ」
「解呪の、方法は」
気が逸る。
呪いと、盗まれた少女の行方。呪いさえわかってしまえば、きっと少女の行方にも近づくはず。
そんな気がして、僕の気はどうしようもなく逸った。
「忘れん坊の泥棒に再会すること。そして、彼を受け入れることだ」
「受け入れる?」
「そ、受け入れる。そして話の流れから察するに、忘れん坊の呪いを受けたのは──」
ズレた眼鏡の淵に掛かった緑眼が、ニヤリと歪む。
「君だろう、ニィ君?」
蝉の声が、最期の断末魔を残して消えた。群青がかかった緋色の空には、気の早い一番星が瞬いている。
生ぬるい風のささやきが、あの日と同じように僕の首根っこを掴んだ。
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