忘れん坊の泥棒

8/12
前へ
/164ページ
次へ
 その声は、僕の人生に度々響いては、チョコをくれた。  安っぽくて、甘ったるい、五円玉のチョコみたいな味。代わりに世界から消えていく「嫌なもの」。  僕はなんでも消してしまうその声が少し怖くて、でも何故だか嫌いにはなれなくて。  ──おばあさんは誰? なんで僕が見えてるの?  ある日、彼女に聞いた。   《泥棒です。男の子が信じてくれたなら、泥棒は空を飛ぶことだって、湖の水を飲み干すことだって出来るさ》  彼女の何故か記憶に残らない滑らかな声が、歌うように口上を上げる。  後から知ったけれど、それはサル面の大怪盗が、高い高い塔に囚われた、可憐なお姫様を救い出そうとしたシーンのセリフだった。  それから僕は、彼女を「忘れん坊の泥棒」と呼んで親しんだ。幼い子供の頃の、誰にも見えないお友達。その程度に考えていた。  けれど、それは間違いだったんだ。
/164ページ

最初のコメントを投稿しよう!

55人が本棚に入れています
本棚に追加