忘れん坊の泥棒

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 あの日。  ソーダみたいに弾けた空の、あの日。  僕はできたばかりの友達と遊んでいて、そこにやけに陰気な女の子が入ってきたことを覚えている。  妹なんだ、と友達は煩わしそうに言った。 「じゃあこの子も入れてあげよう」  と僕は言った。  相変わらず煩わし気な友人を置いて、僕は彼女の手を取る。友人は一つ年上だから、彼女は僕と同い年だ。遊ぶ友達は多いほうがいい。  それに、彼女は少し可愛かった。 「たすけて、ください」  三人でかくれんぼをしていた時。一緒に逃げていた彼女が、僕の袖を引いた。 「お兄ちゃんが、わたしをいじめるんです。けどお父さんもお母さんも、信じてくれない」  僕と同い年なのに、彼女は随分と丁寧に喋った。けれどその声に感情はなくて、その目に光はなくて。  僕は初めて見た、僕とは違う世界に生きてきた少女を、怖いと思った。怖いと思って、引かれた袖を振り払おうとした。 《おや、これはかわいそうに。家族に愛されない子供はいるもんだ》  本当の同情を混ぜた声が、頭の中に響く。  忘れん坊の泥棒が、またやってくる。 《けれどお前さん、その救いを求める手を、振り払おうとしたね?》  ドキリ、と心臓が跳ね上がる。冷たい汗が流れて、悪戯がバレた時みたいに胃がキュッと持ち上がる。  僕の見た世界を、僕越しに見る泥棒。それが怖くて、気持ち悪くて。 《随分酷いことをするんだねぇ。まるでいじめっ子みたいじゃないかい、ええ?》  僕は初めて本気で泥棒を拒絶した。
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