人が死にました

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人が死にました

 退屈なテストの解説を聞き流して、その学期全ての授業が終わった。  大半の生徒にとって、既に終わったテストの解説に意味はない。ある生徒は自身の点数に嘆き、またある生徒は夏休みの計画を嬉しげに語る。  誰もがそわそわして、それに対する先生も、どこか寛容な態度で応じる。そんな少し、浮わついた教室の中。  理系科目のテストを記憶から抹消しつつ、ぼんやりと思い出す。 『続きはまた明日、って言ってたけど、どうする?』  帰りの集会の中。机の下に隠したスマートフォンで、天月へメールを送る。  僕と天月の距離は、古びた小さな椅子一つ分。僕が前に座って、天月が後ろに座る。  けれど僕たちは、その距離を縮められないでいる。  話しかけようとして、でも、できなくて。  昨日の放課後の会話が嘘みたいに、僕と彼女の間には何の接点もない。  もどかしい。  見つからない会話の糸口も、話し掛けようと決めた後の一呼吸も。メールの白い空白さえも。  夜空に打ち上げられた花火の、咲く前一瞬の静寂みたいに。  間の抜けてしまった僕達の距離感は、あまりにも遠く白くて、もどかしい。 「……っ」  重力に負けた視線の先で、ミュート設定のスマホが静かに光った。  先生に見えないようにロックを解除して、メールを起動する。 『忘れてたやーつ、ですね』  感嘆符のない、シンプルな文面。いつも通りの天月のメールなのに、なぜか今日ばかりは、胃に錘が乗ったみたいに、気分が沈む。 『放課後、また図書室で会いませんか?』 『わかった』  簡素なやり取りを終えて、プリント類を鞄に詰め込む。 「先に行ってますね」 「うん」  色のない言葉。  伸ばしかけた手が、中途半端に宙をかく。僕らの距離感が、怖かったから。途中で引っ込めた手のやり場に困って、首筋にそっと添える。 「行きたくないな……」  終礼を終えて人が疎らに消えていく教室。出ていった天月の遠い背中を見つめて、ポツリと零す。  きっとそれは、単なる虚勢とほんの少しの臆病が生み出す、小心者の虚栄心。  行きたいのも行きたくないのも本心で、素直になれない心を引きずって、教室を出た。
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