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伝えられなかった片想い。
すれ違ったまま離れていった二人の愛情。
恋と愛の違いも判らず、舌触りと偶像への憧れだけで恋を歌う僕たちには、あまり触れられたくない傷の核心。
その傷に触れる度に内臓が持ち上がって、またドン底まで墜とされたような、胸の消失感に蝕まれる。
「だから、お互いにどうするべきだったのかも、わかっているつもりです」
早くチャイムが鳴ればいいのに、と心から思った。授業中いつも願うよりも強く、切実に。
けれど現実は、優しくない僕らにも、優しい聖人君子にも優しくなくて。五時でもないのに、チャイムが鳴るはずはなかった。
「それは僕も考えたし、わかってるつもりだ」
バツの悪さよりも、何より天月の言いかける「答え」が聞きたくなくて、僕は彼女の言葉を遮る。
今さら言わなくても、わかりきったことだった。
「じゃあ、答え合わせしましょうよ」
拗ねたように口を尖らせて、天月は言う。
その瞳を、緊張が少しだけ揺らしていた。
「それもいいかもね」
でも、と消しゴムのカスが残る机上に逆説を置いた。
「でもそれは、忘れん坊の泥棒を見付けてからにしてくれないか?」
「わかりました」
天月は諦めが悪い。
けれど今日の彼女は、驚くほどあっさりと僕の意見を受け入れてくれた。
半年前、過剰なまでに周囲に優しくあろうとした彼女は、もう消えつつあるのかもしれない。
けれどその本質までは変わらなくて、他人に干渉しなくなった分、むしろ優しさに幻想を抱くようになった。今の彼女は、危なっかしくて放っておけない。
「じゃあ、私からも提案があります」
言いつつ天月は、奥まった通路の壁に掛けられたカレンダーを眺める。
「明日は終業式です」
だね、と頷く。
テストの返却が終わった翌日から、僕たちの高校は終業式を経て夏休みに入る。
「明日の放課後から、もう元カレ君とは会えなくなります」
「悲しいな」
その首肯は、紛れもない僕の本心。
正直に伝えたいけれど、でも伝えるのは少し恥ずかしくて。苦々しく吐き出した本心がバレないように、色のない声でそれを覆い隠した。
天月が口を尖らせる。
「……嘘つき」
「本当さ。それで、どうするんだ?」
これ以上自分の本心と向き合い続けたら、気がどうにかなりそうだった。
だから話を強引に逸らして、会話を終わらせようとした。
「嘘つき弱虫の、元カレ君ヤロー……」
まだ少し不満そうだったけれど、僕の小へさな罵倒を置いて、天月は事の説明をしてくれた。
「遠くて会いにくいのなら、毎日無理やり会っちゃえばいいんです。意図的に」
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