55人が本棚に入れています
本棚に追加
喧しかった蝉の声が、一瞬だけ遠く感じられた。
忘れん坊の泥棒を探すなら、夏休みを置いて他にない。けれど、家の離れた僕たちが夏休みを一緒に過ごすことは難しい。
ならば、多少無理をしてでも会うべきだ、と天月は言った。
「その無茶ぶり、もしかして怒ってる?」
「嘘つき弱虫君には、教えてあげません」
ステレオタイプな拗ね顔が、僕から目線を逸らして、形のいい鼻梁がツンと天井を向く。
その顔にかつて見た彼女の子供っぽさが重なって、少し懐かしいような、胸の奥がツンとするような新鮮な気持ちになった。
「わかったよ」
笑いが自然と転がり落ちた。
あの頃していた会話の大半は取り留めもなくて、もうあまり思い出せない。けれどきっと、あの頃の会話は、こんな風に天月も感情豊かだった。
「じゃあ、夏休みからよろしく」
「へんっ、しょーがないから、お願いされてあげますっ」
「図書室では、お静かに」
「あっ、すみません……」
今の僕たちは、きっとあの頃に一番近くて。けれど臆病になった分、あの頃から一番遠い。
きっとそれを、世間では「大人になった」と言うのだろう。
クソくらえだ、と思った。自分の気持ちに蓋をし続けて、言いたいことも言えないままで大人になるのだったら。僕はずっと子供でいい。
「本当は、夏が明けても──」
言おうとした言葉は、鐘の音が言わせなかった。
チャイムはいつも、空気を読んでくれない。
最初のコメントを投稿しよう!