人が死にました

4/8
前へ
/164ページ
次へ
 喧しかった蝉の声が、一瞬だけ遠く感じられた。  忘れん坊の泥棒を探すなら、夏休みを置いて他にない。けれど、家の離れた僕たちが夏休みを一緒に過ごすことは難しい。  ならば、多少無理をしてでも会うべきだ、と天月は言った。 「その無茶ぶり、もしかして怒ってる?」 「嘘つき弱虫君には、教えてあげません」  ステレオタイプな拗ね顔が、僕から目線を逸らして、形のいい鼻梁がツンと天井を向く。  その顔にかつて見た彼女の子供っぽさが重なって、少し懐かしいような、胸の奥がツンとするような新鮮な気持ちになった。 「わかったよ」  笑いが自然と転がり落ちた。  あの頃していた会話の大半は取り留めもなくて、もうあまり思い出せない。けれどきっと、あの頃の会話は、こんな風に天月も感情豊かだった。 「じゃあ、夏休みからよろしく」 「へんっ、しょーがないから、お願いされてあげますっ」 「図書室では、お静かに」 「あっ、すみません……」  今の僕たちは、きっとあの頃に一番近くて。けれど臆病になった分、あの頃から一番遠い。  きっとそれを、世間では「大人になった」と言うのだろう。  クソくらえだ、と思った。自分の気持ちに蓋をし続けて、言いたいことも言えないままで大人になるのだったら。僕はずっと子供でいい。 「本当は、夏が明けても──」  言おうとした言葉は、鐘の音が言わせなかった。  チャイムはいつも、空気を読んでくれない。
/164ページ

最初のコメントを投稿しよう!

55人が本棚に入れています
本棚に追加