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その日の夜は眠れなくて、意味もなく点けたテレビは、夜中になっても無機質なニュースを流していた。
地域名産の桃が旬を迎えたとか、高速道路が予定より三年遅れで開通しただとか。
そんな毒にも薬にもならない情報が、忙しなく画面を流れては、味気なく消えていく。
けれど僕の頭の中では、天月の殺害予告がループしていて。
誰かの幸せも不幸も、全く頭に入っては来なかった。
天月への殺害予告の結末を、よく聞く話に当て嵌めるのなら。それはきっと、ただの一文で片付くのだろう。
《ストーカー被害女性、自宅で刺され死亡》
そして翌日かその日の夕方、棒読みのニュースキャスターが言うんだ。
──人が死にました
頭を振った。
違う、そんなの、僕が望んだ結末じゃない。
こんな意味のない妄想で徒に拒絶心を煽っても、泥棒の呪いに縛られ続けるだけだ。
『次のニュースです』
僕の煩悶なんて気にも留めず、ニュースキャスターは原稿を進めていく。
芸能人の結婚、不倫と離婚、株価の推移。そのどれもが薄い紙切れ一枚で冷たく語られる。
『今日未明、加賀美宮市の住宅街で、十代の女性が男に刃物で刺され死亡しました』
そのニュースは、ほぼ呪いとも思えるタイミングで、僕の耳に穴をあけた。
続報に耳を澄ます。
事件が起こったのは、隣の市の外れ。
被害者は天月じゃない。
ホッと胸を撫で降ろす手が、鳩尾あたりで固まった。
痛いほど握り締めた掌に、生きている証が叫びかける。
「最悪だ」
誰かが理不尽に命を盗まれたと言うのに、僕はそれが天月じゃないと知って安心してしまった。
誰かの不幸を「自分とは無関係」と切り捨ててしまった。
「こんな誰も救われないニュース……」
こんな汚い感情、無くなってしまえばいい。
嫌だ、要らない、と心底思った。
《無くなってしまえばいい》
強く強く、胃がねじ切れそうなほど。それは丁度、十年前のあの日のように。
僕が初めて抱いた拒絶心が、また僕の中で揺れ動く。
《おや、久しぶりだねぇ、坊っちゃん》
泥棒の笑い声が、聞こえた気がした。
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