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ある時は世界大戦を引き起こした武器商人や、人肉を担保に金を貸した、強欲なユダヤの金貸し。
またある時は、最新鋭の大砲で新興国を軍事大国に変えた大砲王。物語の序盤で主人公に殺される、高利貸のロシアの老婆。
その全ては、人の人生を狂わす卑しい商人に関連していて、そのせいか彼女は、自分自身を「死の商人」と呼んでいる。
「あの人も、優しいと言えば優しいのでしょうね」
「君は優しいの範囲が広すぎるよ」
天月が優しい世界を探すのは、たぶん言葉にするほど大それた事じゃない。
きっとそれは、子供の頃に夢中になった「探検ごっこ」の延長に過ぎないのだろう。
いつか僕らも大人になって、冒険心はどこかに置き去りにして。
着実に進む時間の中で、周りの人達に合わせて歩き出す。それは丁度、この駅を行き交うスーツの群れみたいに。
そんなことはきっと天月も知っていて、だからこそ泥棒を探すのだろう。
それが彼女なりの、子供だった自分自身へのサヨナラの仕方なのかもしれない。
「やっぱり払うよ、130円」
「提案はしてもらったので、いいですよ」
「ザハロフさんの名前しか出してないよ」
「十分です」
天月の反対を聞き流して、手渡されたサイダーに口をつける。
強炭酸のはずのサイダーからは、もうすっかり炭酸も逃げ出していた。どれだけ振ったんだ、そしてなぜこっちを渡したんだ。
「じゃあ、これから僕がする質問への情報料、とでも思ってくれればいい」
飲み口に口をつけたまま喋ると、中で反響した声が歪に歪んで聞こえた。
それはまるで、僕が今から天月に投げる質問への、どうしようもない煩悶みたいだった。
「殺害予告されたって、本当?」
改札の閉じる電子音が残響を引いて、僕たちの間に寝転がった。
天月の顔には、無が印刷されていた。
「何で知ってるんです?」
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