55人が本棚に入れています
本棚に追加
嘘だろ、と思った。
これは質の悪いドッキリで、実は今も、友崎が柱の陰からカメラを回してるんじゃないか、としか思えなかった。
だって、そうじゃないか。
芸能人でもない、ただの女の子が、誰かの殺しの対象になるなんて信じられない。現実味が、ない。
「否定しないの?」
「ええ、だってほんとですもん」
けれど天月は否定しなかった。
大切な人の死を知らない僕にとって、死は余りにも遠い、蜃気楼みたいな存在。
それを目の前の、ずっと近くにいた少女が一番死に近いかもしれないなんて、どうしても考えられない。
『話、聞いてやれよ。それができんの、二条だけじゃん』
友崎の言葉を思い出す。
言われた瞬間だって、一夜明けた今だって、僕が話を聞く意味は分からない。
けれど、天月が僕の立場なら。きっと彼女は声をかけるのだろう。
だから僕は、精一杯平静を装って声をかける。
「犯人に心当たりはないの?」
「ない、ですね」
無表情に答えた天月は人形みたいで、まるで自分のことなんて興味がないようだった。
「最近何か変わったこととかは?」
「ないです」
「警察はなんて?」
「実害がないから人員は裂けない、って」
警察も優しくないですねぇ、と缶に口付ける。
天月の声音は、どこまでも他人事のような白々しさを滲ませていた。
「やっぱり、現実味、ないよ」
「わかってます」
起伏のない表情を目の前の改札に向けて、天月は呟く。
首肯しないその小さな頭からは、長い黒髪が滝のように流れ落ちている。
「でも、どうせ世界が優しくなったら、私はその世界にいられませんから」
「自殺でもするつもり?」
「あー、それもいいかもですね」
内心の動揺を、隠すように発した冗談。
けれどそれは、何の感情もない声に同意されてしまう。
ふざけるな、と思った。それじゃあ初めから、天月は死ぬつもりなんじゃないか、と。
「勝手にしろよ」
「冗談ですよ」
「冗談でも、言っていいことと悪いことがあるよ」
本当に言いたいこと。けれど、言えなかったこと。
返す言葉が見つからないのなら、その全てはどうでもよくて。ただ居心地の悪い話を終わらせようと、僕は言葉を吐き捨てる。
最初のコメントを投稿しよう!