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傷付くことが許されない世界なら、僕たちが繰り返す開演前のようなぎこちない会話に、プロローグはない。
「やっぱり二条君は、優しいですね」
隣を歩く天月が、微笑む声が聞こえた。
「なにを、」
言いかけて、噛み砕く。
なにを、今さら。君を捨てたのは、僕だと言うのに。
「確かに、誰かの為に傷付けない世界なんて、今の残酷な世界と何も変わらないのでしょう」
長く居座る白い太陽が、一瞬だけ冷たく見えて、僕はその陽に手をかざす。
視界で、天月の長い髪が薙いだ。
「だから、冷たいのは。優しくないのは私一人でいいんです」
そんなつまらないことを、天月はいつもと変わらない、弾むように朗かな笑顔で言ってのけた。
道化と嗤うにはあまりも純粋な笑顔で、彼女は自らが語る理想郷から、彼女自身を消してみせた。
僕にはそれが我慢ならない。
「君の言う優しい世界に、天月自身がいなかったとしても?」
「だとしても、です。私の代わりに、誰かのために傷ついてあげて下さい」
海を昇る水泡みたいに、いつかは弾ける儚さ。空を目指せばいつか必ず弾けるというのに、それでも彼女は空を目指す。
海を出た先にある優しい世界は、優しくない彼女を弾いてしまうと言うのに。
彼女は綺麗なままで笑っている。
「だからまた一緒に、優しい世界を探してくれませんか?」
瞬間。
僕を見つめるの天月の頬が上気しているように見えたのは、きっと夏のせいだろう。
そうでもないと、何かのせいにしないと。もう、自分に嘘が吐けなくなる。
──別れたのは半年も前だ、もうほとぼりは冷めたろう?
頭の中に声が響く。
他でもない、僕自身の声。泥棒なんて関係ない、僕の本心だ。
それはあまりにも濁っていて、俗っぽくて。けれど一番、自分の欲望に忠実な自分だった。
「……僕の探し物が、終わったらね」
濁した言葉だけを夏空に残して、顔を伏せた。
僕が探す、大切なもの。それは十年も前のかくれんぼの日に無くした、一日だけの友達。
行方不明になった彼女を、僕はずっと探していた。彼女が盗まれたのは、僕のせいだったから。
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