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「オオカミ君……わりとメンタルが豆腐だから……なんか今日挙動不審だけど大丈夫かな……あれ? なんかこっち見てない? なんで――」
「人違いだ」
しまった。幻覚に返事をしてしまった。
ひらひらと落ちてきたのはアイスの袋だった。ゴリゴリ君のソーダ味。
女の子は呆然とした様子で固まっている。
もしかして、距離的に本来なら聞こえない彼女の小声を獣の耳が拾ってしまい不審がられているのだろうか。でもさっきは、人間の耳にも届く距離ではっきり「チンピラ」と言われた。
自分から絡んでおいて、なにをそんなに驚いているのか。
「……私が、見えるの……?」
「……残念ながら」
…………しまった。
口をぎゅっと閉じた俺は、幻覚、幽霊……あるいは少し風変りな女の子から逃げる態勢に入る。
「ま、待ってっ……」
焦ったような声を上げて立ち上がったモコモコ。パジャマというより着ぐるみだ。
下を見下ろしてキョロキョロしている。
「もしかして、下りられないのか?」
「……お、下りられる」
「そうか。じゃあな」
素っ気なく答えて背を向けた。土を踏む足音だけが聞こえる。しばらく歩くと立ち止まり、よせばいいのに振り返った。するとベンチの屋根には、ついさっきまでいた女の子がいない。
……ああ、やっぱり。もう忘れようと、前を向いたその時、
「待ってオオカミ君っ……」
「…………っ!」
すぐ背後から声がした。
恐る恐る振り返ると、視界の下のほうにウサギの耳。
街灯の青白い光がぼんやりと照らす小柄な女の子を、今度は俺が見下ろしている。
白っぽいフードに包まれた髪は黒髪に見える。首元で緩くはねた毛先。厚めの前髪が、幼い顔立ちに似合っている。
垂れ目気味の大きな目を泳がせながらも、なにか言いたげに見上げてくる。
「ご、ごめんなさい。つい癖で……オオカミって……でも人違いじゃない」
そんなことより、たった今俺の心臓を止めかけたことを謝ってほしい。
手元のアイスを見下ろしていた彼女は、「ちょっと待っててっ」と俺を引き留めて急いで食べ切ると、残った棒と落ちていた袋を近くのゴミ箱に捨てに行った。
幻覚である可能性を忘れそうだ。それ程にリアルで、だからこそ混乱している。
のろのろとした小走りで戻ってくる彼女が現実なら、ついさっき、スパイじみた気配のなさと素早さで追いつかれたのも現実ということになる。
もしも、幻覚じゃないのなら……まずは聞くべきことがある。
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