No.19 パートナー

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No.19 パートナー

 犬飼大輔(いぬかいだいすけ)は、怒ることを諦めていた。  ストレス社会で生き残る為、時に人は感情を殺す。  深夜の二時を回った。車内はタバコの煙と、半分開いた窓から容赦なく入り込む刺すような冷気で、とても快適とは言えない。  細く冷たい指先に掴まれている顎が、ぐいっと横を向かされた。  目の前には、おそらくかなりの薄化粧でありながら派手な顔立ちの女性。  ぱっちりとした猫目を好奇心が輝かせる。一方、大輔の表情はどんよりとしている。 「先輩、やめてもらっていいですか」 「あなた、厳つい顔してるわりに髭が薄いのね」  まだ三十過ぎだと聞いているが、その声は疲れのせいかタバコのせいか、なんと言うか……潤いがない。  立場を利用して好き放題する先輩の左手が、助手席でシートベルトに拘束され逃げられない青年の、頬から顎を撫でまわす。  右手がタバコで塞がっている分、いくらかマシなのかもしれない。 「セクハラですよ」  勇気を出して抗議をしてみたが、結果として、頬肉を引っ張られる痛みに耐えている。 「憎たらしい口ね。先輩に対して、初日から随分な態度じゃない」 「先輩がこういうことするからですよ……」 「退屈だって言うから」 「言ってないです。ずっと尾行と張り込みで……車内でじっとしてるのが、ちょっと慣れないってだけで……」  後輩の退屈への対処にセクハラを選ぶ思考回路の人間が先輩だと思うと、なんだか気が滅入った。 「どうして不満顔? もう少し愛想よくしなさいよ。私みたいなパートナーと一晩中二人っきりなのよ? 明日も明後日も時には休日さえも。それがどういうことかわかる?」 「夜勤です」 「とてつもなく幸運ってってことよ! 男ばかりの職場で紅一点の美女。どこに出しても恥ずかしくない未婚女性よ」  頬をぐにぐにと動かしていた手が離れていったかと思うと、先輩は、長い髪をひとつに纏めていたシンプルなゴムを外した。  なぜか軽く乱した髪をかきあげると、少し斜め向きのキメ顔をこちらに向けて、「よくご覧なさい」と狭い車内で顔を寄せてくる。  漂ってくるのは香水やシャンプーの香りではなく、タバコの匂い。
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