1話

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私の人生が大きく変わったのは、何の変哲もないいつも通りの日だった。 「いってきまーす。」 そう言い、家を出て学校へ向かう。無言の家庭を後にし、眩しい外の世界へ足を踏み出す。夏から秋に移り変わる季節。朝の肌寒さが長袖の私には心地よい。真夏の太陽の匂いは消え、自然の少しもの寂しい枯れ葉の匂いが漂っていた。学校につくと、ホッとしたような、でも授業の1日が始まる憂鬱に似た気持ちが入り交じる。しかし家にいるのと比べれば全然いい。家にいても会話のない、自分の子供なのに興味も心配もしない家になどいたくもない。 「サクラちゃん、おはよう。」 友人であるヒナちゃんは、いつも私より先にいて私を見つけると笑顔で挨拶をしてくれる。身長が平均より少し小さい私よりも小さくて、目が大きく真ん丸ですごく可愛い。人懐っこくて、きっと良い家庭で育ってきたのだろう。人の心に与える温もりが笑顔からでも伝わってくる。 「おはよう、ヒナちゃん。」 高校2年生の2学期を過ごす私達は、もう高校生活に慣れて日々のルーティーンが決まっていた。毎日毎日飽きもせずに同じことの繰り返しで、それが億劫になる時もあるが、いざまた1日が始まるとそれが変わってほしくないと思ってしまう。何の刺激もないと悪徳をつきながらも、皆いつも通りの日々に満足し幸せを感じているのだ。 放課後。17時を過ぎると辺りは暗くなり、空は青紫色へと変化する。部活も何もしていない私とヒナちゃんは、いつもこのくらいの時間帯になるまで話し、別れ道でまた明日と声をかけて帰る。 私は父と母と3人で、小さな一軒家に住んでいた。少し山寄りに位置しているため周りに家はほとんどなく、とても静かだった。この日は珍しく来客が訪れていて、家の前には黒塗りの車が。心臓が音をたてて脈打つ。何かが私を呼んでいるような気がした。不思議に思いながら家に入ると、 「ただいま」 ガッシャーン!私の声と同時に何かが割れる音がした。薄暗い廊下に甲高い叫び声が響く。何事かと走ってリビングに行くと、そこには母と知らないガタイのよい男と細身のへらへらしている男がいた。へらへらしている男と母は話しており、叫んでいたのは母の方だった。 「ふざけないで!あの子の継承権は第3位だったはずよ。」 「だから言ってるじゃないっスか。第1、2位のお二人が辞退なさって、俺たちにももう次がいないんっスよ。あなたの娘さんはこれを承諾する以外に選択肢はないんっス。」 それだけだった。それだけの会話で私は何の話なのか分かってしまった。へらへら男が私に気付き、目を細める。 「お!おかえりっスか。どうもお邪魔させてもらってるっス。」 「…桜蝶一家の方ですね。」 「さすがっスね、それでこそ次期ボスにふさわしい。」 「…。」 桜蝶一家。それは私達と縁を切ろうとしても切り離すことのできないヤクザ一家である。 以前、親に聞かされた話だと私達の家系は元々ヤクザであったらしい。祖母が祖父と結婚したとき、桜蝶一家との縁を切ったのだという。しかしヤクザの縁がすぐに切れるわけでもなく祖母の息子…私の母の兄が桜蝶一家のボスとなった。そのときにいた自分の息子2人を実家に捨てて。祖母は2人を引き取り早急に息子との縁を切るものの、継承権は捨てられた2人に与えられた。そしてボスの妹である母の娘、私にもだ。桜蝶一家は勢力が落ちていたが、また勢力を持ち直し周りから恐れられていることを前に耳に挟んだことがある。しかし… 「どうして継承権第3位な私のところに?それとなぜ継承の話を?」 「あー。順を追って話すと、まぁ…ボスが持病で亡くなったんスよ。」 あ…。何となく察しがついた。 「んで、皆で話した結果継承権を持つものに継がせよう、となったんス。でも…ねぇ?あの2人を継がせるかって結構揉めたんっスけど、辞退してくれて大方一致の君のもとへ来たって感じっス。」 私にとっていとこの2人。ヤクザが継がせたくない気持ちも分からなくはない。兄の方は、大学が上手くいかずに今は祖母の家で引きこもりニート生活。弟の方は勉強についていけなくて高校中退。バイトをするものの『職場が汚い』『同僚の性格が無理』などの理由で絶賛兄と同様生活。そんな人達に一家を任せるのは不満だろう。 「しかし私は女です。」 へらへら男は痛いところをつかれたというような顔をする。 「そーなんスよねー。女に一家を任せられないっていうやつらもいるんっスよ。でも君以外に他もいなくてね。」 古い考えであるヤクザ界で、女がボスなんてと反発している人もいるだろう。そこで今まで黙っていた母が口を出す。 「そんなところに娘は行かせないわよ。」 「はぁ…心配なのは分かるっスけどー」 「そんなことしたら、実家と縁を切らなくてはならないじゃない!」 「そっスよね…って、は?」 「この子のせいで、自分の家族と縁を切るなんてごめんよ。」 「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいっス。心配どころはそこっスか!?」 「何よ。悪い?」 「いや、悪いって…」 こちらをチラッとへらへら男が見る。そりゃ、最初はそうなるでしょうよ。けれど、私達の家庭でこれはいつものことだ。母が考えているのは自分のことだけ。自分の立ち位置だけなのだ。こんな家生まれたのは私。私の運命。このまま母の支配のもと永遠を過ごしていくんだ。……なーんて。 「…わ。」 「え?」 「いいわ、私は桜蝶一家を継ぐ。」 「は!?サクラ、あなた何言ってんのよ!」 私もなぜこの時ヤクザを選んだのかは分からない。けど、ずっと我慢してきたんだ。この家に、この女王が統治する家庭に。あと少し我慢して、家を出ればいい。それが正しいのに、なぜかアチラヘ行きたいと思った。私を必要としていたから?へらへら男が私を心配してくれたから?…違う。心踊らさせれしまったんだ、アチラの世界に。最初車を見たときにはもう、この選択をすることが決まっていたのかもしれない。私の中のヤクザの血が、お前はコチラ側だと示していたんだ。 そして私は私の意思で桜蝶一家を継ぐことに決めた。これが想像以上に人生に大きく関わる決定となることを知らずに。
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