189人が本棚に入れています
本棚に追加
2話
辺りは静まり車のエンジン音だけが空しく鳴り響く。今私は桜蝶一家の本家へ移動しているところだった。家を出て10分。何もない道に沿ってずっと走っている。まるで、この世界には私達しかいないかのように感じる。
「んん。…あー、いいんっスか?あんなお別れ方で。」
「いいの。あれが一番良かったはずだから。」
私がヤクザになると決めたあの時。
「サクラ、あなた何言ってんのよ!」
「お母さん、あなたの心配事は実家と縁を切ることなのでしょう?なら私と縁を切れば良いこと。あなたが私に対して不満を持っていたように、私もあなたには不満を持っていました。」
「んな…っ!じゃ、じゃあ今まであなたにかかったお金は?ここまで育てたお金は!?あなたに払えると言うの!?私の元で私のために動いて、その労働力をお金の代わりに恩返しするのが普通でしょう!」
「お金はちゃんとお返しします。桜蝶一家は勢力が広がっていますので、それぐらいの財力はあるでしょうから。」
膝をつき目を泳がせながら、引き留める母を私は見つめる。そこまでして引き留めたいのか。自分の利益のためだけに。それが愛からくるものだったら、私はいくらでも留まるというのに…。そんな甘い考えが頭をよぎる。その瞬間、私はそれを消すように努力した。そんな考えではこの先やっていけないだろう。もう後戻りはできないのだから。
「それではお母さん、今までありがとう。…さようなら。」
そう言った私を母は見上げる。ただ呆然と見つめる母の気の抜けたような顔。それが私が始めてみた母の頼りない姿だった。
「別れる時に、母の知らない姿を見るなんて皮肉なものね。」
「…。」
走り続けること1時間半。ネオン輝く街並みが見えてきた。夜なのに昼のように眩しい世界に不慣れな私は、この光が目に害なような気がして目を瞑る。視界がなくなると、人間は音に敏感になるらしい。エンジン音、人の声、店の音楽。私の家では聞くことのできなかった音ばかりに溢れかえっている。家を離れ、学校も変わり、私は誰も知らないこの地で生きていくんだ。ヒナちゃんは驚くだろうか、急に私がいなくなったら。でも、あの子は人懐っこい。きっと私よりも良い友達ができるだろう。…もう私とは生きる世界が違うのだ。
車が揺れる。それに合わせて私の身体も揺れる。
今何時なのだろうか。何時間車にいるのだろうか。だんだんと意識が遠のいていく。今日1日たくさんのことがあった。眠る前はどうしてこんなに1日の出来事が目まぐるしく思い出されるのだろう。あの時少し母に期待していた私。母の初めてみた顔。友人との別れ。大きな決断。もう疲れた。少し休みたい。
「おーい。えっと…サクラさん?寝てるんスかー?起きてくださいっスー。」
分かってる。分かってるけど瞼をあげられない。しばらくすると肩と膝裏に腕が周り、一瞬重力を感じた。多分抱き抱えられたのだろう。へらへら男にしては腕が太い。多分今日もう一人いた無口な男の方だろう。
「「おかえりなさいませ!」」
何十人もの声が聞こえる。でもそれも遠くに聞こえてしまうくらい、もうほとんど寝ていた。
「ただいまっス~。次期長様はお眠りになられたんで自室へ。」
「「は!」」
オラオラしてる感じの声だが、ちゃんと目上の人には礼儀正しいことに驚きつつ、へらへら男が意外と上の地位にでいることを知り、この一家について私は何も知らないことを改めて思った。長い廊下を歩いているのか、曲がる気配がない。こんなにも大きな家なのだろうか。これからは私がこの人達の上に立つのだ。私を肯定する人も批判する人も出てくるなか、その人達を黙らせなければならない。
そんな緊張と疲れが溜まりに溜まり、私はついに自室につく前に意識を手放した。
最初のコメントを投稿しよう!