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31話
ホテルに着く頃にはクタクタで、早くベッドにダイブしたいと考えていたその時、同じクラスの人達が丁度帰ってくる時間と重なった。が、
「どうしたの、その怪我!」
隣の人に肩を貸してもらって歩いている者もいれば、顔がボコボコになっている生徒。しかもその人たちだけでなく、帰ってくるほとんどの人がボロボロな状態で帰ってきた。
「え?…あ!大丈夫っすよ。喧嘩にはちゃんと勝ってきました!」
スッキリしたように、にぱぁ!と笑う彼に対し、そうじゃないと私は頭を小突いた。
「いてっ!」
「全く…。クラスリーダ命令。私のクラスの人達は全員治療するまでホテル個室には行っちゃダメ!」
「「えぇー。」」「「なんでだよー。」」
ブーイングの嵐が鳴り止まない中、皆に聞こえ渡るように更に大声を上げる。
「明日、USNに怪我のせいで行けなくなったり、アトラクションに乗れなくなったら嫌でしょ?ちゃんと十分な処置をして」
「救護室はこちらでございます。」
ビクッ。急に後ろから声が聞こえ肩が跳ね上がる。恐る恐る振り返ってみると、そこにはこのホテルのオーナーである、背の高い年老いた男の人が立っていた。もちろんこの人も月森組だ。
「ルイ様がこうなると予想し造られたものです。ご案内致しますので着いていらしてください。」
ちぇーと言いながらも、1人残らず全員救護室へ向かう。その間私はまだ心臓がバクバク音を立てていた。…月森組は気配を消して人の背後に立つのが好きなのかしら。
列を成して歩いていく彼らを見ていると、ふとクラスの女の子達が近づいてきた。
「サクラちゃん…。」
「ん?皆は怪我してないみたいだね。よかったよかった。」
「うん、それに関してなんだけど…。あんまり男子を怒らないであげて。」
それを聞き、私は心の中で苦笑いを浮かべた。うーん、傍から見たら怒ったように見えるのか。怒ったつもりはないんだけどなぁ…。
「地元の高校生に喧嘩を売られた時、まぁ大半はノリノリで買って喧嘩してたけど、でも皆私達を庇って怪我したの。…だから、お願い。」
「そうだったの…うちのクラスは優しい人ばかりなんだね。」
私の返事を聞き、彼女は少し安心したようにほんわか笑って救護室に入っていった。
「…ちゃんと纏まってんだな、お前のクラス。」
するといつの間にやら、レオンが隣に来ていた。さっきの話を聞いていたらしい。
「うん。まぁああやって文句は言うけど、反抗する人はいないから、案外良い人が集まったクラスなのかも。」
……喧嘩するけど。京都まで来て怪我するような人達だけど。そう思いながら頬を膨らませていると、ポンとレオンの掌が私の頭の上に乗った。
「お前も今日は疲れただろ。さっさと風呂浴びてゆっくり休め。」
「うーん…そうしたいのは山々だけど、皆が救護室に半ば強制的に入れられてるのに、私だけ良い思いをするのは何だから、私は後で入るよ。レオンこそゆっくりしてね。」
「…あぁ。」
とその後、同じクラスの人が待ち時間が長いから話そうと呼ばれ、皆それぞれがどんな1日だったかを話し出した。同級生の意外なところやその人っぽいところ、バカらしいことだったり、呆れてため息が出たり、色々なことを思ったが凄く楽しい時間だった。
私達が笑いあっている時、レオンが静かに私を見ていたなど気づかない程に。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * *
俺は馬鹿なのかもしれない。そうだな…昔的に言うなれば身分違い。今で言うなら不釣り合い。
『学校一の暴力狼』それが俺だ。"一"には1番の他に孤独という意味を含んでいると風の噂で耳にしたことがある。どうせただの陰口だ。
俺の中学時代、神狼一家がまだ月森組から立ち直れていない頃。俺はいつも陰口の的だった。今まで俺を持ち上げ媚びを売ってきたやつは、ここぞとばかりに攻撃を仕掛けてきた。それはいい。簡単に予想出来たことだから…。だが、俺が仲が良いと思ってた奴がアチラに行っていたのは深く傷ついた。そして恨んで、憎んだ。こんな思いは二度とごめんだと。だから俺は人を信じないことにした。期待しなけりゃ傷つかない、とそう思いそうし続けた。
それなのに、アイツはなんだ。最初はただの勘の鋭い病弱な女だと思って、最低限のことはしてきたのに、そんな最低な俺の心にスルッと入ってきて心の芯から温めてくれる。諦め、手を伸ばすことをしなくなった俺を強引に引っ張っていく…。気づけば目の離せない存在になっていった。
でもそれは俺だけじゃない。アイツが…アイツの魅力が人を惹きつけてしまう。月森組だって、クラスメイトや先生など学校そのものを惹き付けている。俺だけのものにしたい。俺だけの視線の入るところに閉じ込めておきたい。これ以上誰かにサクラを見られたくない。そんな黒い自分の欲望が溢れてくる。
そう1人で考えにふけっている間にホテルでの夕飯の時間が訪れた。スーツを着た年老いたジジイがマイクの前に立つ。
「えーゴホン。それでは月森組当主ルイ様が直々にご用意された豪華な食事を皆さん楽しんでいってくださいませ。」
そう言った途端、食堂の扉がバーン!と勢いよく開き、いくつもの料理がワゴンに乗せられてやってきた。おいおい…この量はねぇだろ。長机の上に大量に乗せられた料理を見て苦笑いを浮かべる。どの料理もキラキラと輝いていて、高級感満載の美味そうな料理だが、流石に量が多すぎる…。チラリとクラスの女子を見やると俺達とは打って代わり、あまり量はなくデザート類(主にケーキ類)が多い。そこまで考えているとはな。敵ながら感心する。
残すのは頂けないと腹を括り食事を口に運んでいた時、サクラがスッと席を立ちオーナーの方へ向かった。何だ?そちらに気を取られ、折角フォークに刺したステーキ肉が皿に落ちる。しかし俺はそちらなど一切見ずにサクラを目で追いかけた。
オーナーとヒソヒソと少し長く話し、オーナーがにこやかに頷いたのを見てサクラも笑顔を見せる。そしてオーナーがサクラにマイク渡した。
「えー、どうもこんにちは皆さん。桜蝶一家のサクラです。本日は月森組の温かい支援の下、楽しい食事を迎えることが出来ました。が!」
そこでサクラは俺でもあまり見たことの無い顔でニヤリと笑った。
「月森組だけに活躍させては、桜蝶一家の名が廃ります。ということで、こちらからもあるものをご用意させて頂きました!」
「「うぉおー!!」」
会場がまるでアイドルのコンサート会場の如く盛り上がる。修学旅行ってだけで無駄にテンション高ぇな。
「それは……こちらです!」
そう言って腕を大きく振りかざして示した所を見やると、そこには小さなお菓子の家が十数個くらい並べてあった。
「有名洋菓子店から特注で作ってもらいました。1クラス2つ、女子と男子で分けて食べてください。ケーキでは甘すぎるという方にもオススメですよ?それでは皆さんの…いえ、私達の修学旅行がもっと楽しくなることを願って!」
「「わぁ…!」」
大きな歓声と拍手の元、サクラは礼をしたあとにニコリと微笑んだ。俺も笑いながら拍手を送る。
わずか5、6m。それだけの距離が俺には1、2kmにも感じられるほど遠い。
ほら…まただ。お前はみんなを虜にする。いつの間にそんなの用意してたんだ?いつの間にクラスの奴と仲良くなったんだ?……いつの間に俺を追い越していたんだ?
お前は最初、何も知らない無知な女の子だっただろう?突然コッチ側に来て、まだ何も分からない状態だったのに、いつの間にか全てを手に入れている。思い通りになっている。何が俺とは違うんだ?彼女が羨ましい。羨ましくて、自分が恥ずかしくて、彼女が妬ましい。彼女の成長を素直に喜べない、黒い感情を持っていまう、のに…。
するとサクラがこちらに気づいてニコッと笑いかけた。その笑顔にギュッと胸を締め付けられる。
俺はあの笑顔に弱い。あの笑顔を見てしまうと、全ての思いが真っ白に戻っていく。色々感じていた醜い思いが、どうでも良いものとして片付けられていく。そして彼女がどうしても愛おしいと…好きなんかじゃなく、愛しているとそう自覚させられる。
ニコニコと無邪気に手を振るサクラに、俺はスっと手を挙げて反応した。何人かの視線が俺に集まる。興味、純粋、憎悪、嫌悪。様々な目がこちらに向けられる。
身分違い?不釣り合い?そんなの分かっている。だがもう俺はサクラを手放せそうにない。今まで散々俺に悪態をついた奴らなんて知るか。コイツさえ…サクラさえいてくれれば、俺は何もいらない。
学校一の暴力狼の"一"は、1番の幸せ者って意味なのかもな。
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