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33話
コンコンコン。
「入っていいよ。」
ガチャ…。重く大きな扉を開けると、生徒会長の席にルイさんが足を組んで座っていた。
「サクラちゃんか。君も生徒会員なんだからノックしなくてもいいのに…。」
「ルイさんに話があって来ました。」
「ん〜?なぁに?」
バタンとドアの重みで勝手に扉が閉まる。この部屋に私とルイさん以外の人がいないか確認し、そっと鍵をかけた。そのまま振り向いてルイさんを見やると、彼はいつものように笑って見せた。
「何何〜?鍵を閉めたってことは二人きりになりたかったんだ?レオン君から僕に乗り換えようって思ったのかなぁ。それなら僕はすっごく嬉しいんだけど。」
ペラペラとそう告げるルイさんに私はフッと笑ってしまった。今までの私であれば、その言葉を鵜呑みにしてルイさんを遠ざけただろう。…でも今は違う。
「もうそんな猫を被らなくていいですよ。全部知ってますから。」
「え、」
私の言葉にカチンとルイさんは固まり、そして思い出したかのようにぎこちない笑顔を浮かべた。
「サクラちゃん、どうしたの急に…。」
「月森組である着物の着付けをして下さった女性から聞きましたよ。私を諦めたこと。そして今までの償いのために色々行っていたこと。」
「着付けの女性…?」
「名前はお聞きしませんでしたが、店の名前は確か…」
『旭屋』。あの女性の引っ張るがまま進み、チラリと看板を見るとそう書いてあった。その名を聞くと、ルイさんは旭屋のばぁさんか…と項垂れ、首を下ろした。そしてそのまま両手で顔を覆う。
「…恥っず。じゃあ何?サクラちゃん、全部分かっててココに来た訳?」
「はい!本当は『優しい』ルイさんが、組のために『ぶっている』と聞いたので、もう一度この目で見てやろう、と。」
「何でそうなるの…。」
「ふふ、嘘です。ただお話をしたいと思っただけですよ。」
「やめて、今そういう嘘つくの!」
ガバッと上げられたルイさんの顔は真っ赤で、それを見て私は更に笑ってしまった。
「…あぁ、何であのばぁさん何でもかんでも話すのかなぁ。」
「でもそのおかげで、なぜ修学旅行旅行費をルイさんが負担しているのか分かってスッキリしましたし、旭屋の人の話を信じることが出来たので、私は感謝していますよ。」
「俺は恥ずか死ぬ思いをして恨めしく思ってるよ。」
顔の火照りを直すように、手をパタパタとして風を起こしているルイさん。一人称が『僕』から『俺』になり、そうとう取り乱していたのが分かる。面白いから少しからかっちゃえ。
「あーあ。こんなにもひねくれてたルイさんにも、あの女性と一緒に遊ぶなんて純粋無邪気な時期があったんですね…。」
「待って待って待って。何の話!?あのばぁさん、どこまで話してんの!?」
クスクス。今まで散々やられた分、ここでやり返すかのようにルイさんをいじる私。彼の焦る姿を見て、彼も同じ高校生であると実感する。今までコチラの世界の全てを知ったかのような口調で、大人っぽく振舞っていたから、今の姿が余計幼く感じた。
「くっそ…あのばぁさん、今に見てろよ。」
「あまり責めないであげてくださいよ。…それより気になったことがあるんですが。」
「今度は何…?」
必要以上に警戒するその姿にまた笑いが込み上げてきたが、流石にこれ以上笑うのは可哀想だと頑張って耐える。
「なぜ私を生徒会に入れたんです?桜蝶一家を諦めたのであれば、私を生徒会に入れる意味が分かりません。」
「あぁ、それはただ単に君によってクラスがよくなったと教師陣から言われてたってことと、諦めたと言っても傍にいて欲しいって思ったから。」
そう言って寂しそうに笑うルイさんを見て、ズキっと心が痛む。
「それともう1つは…。」
とそこまで言ったその時、ドンドンと扉を強く叩く音と、レオンの怒鳴る声が聞こえた。
「おい!サクラ!!いるんだろ!?」
あ…ヤバい。
「お前何1人でソイツんとこ行ってんだよ!俺に嘘までついて!!」
だってレオンはルイさんのことを嫌いだから、一緒にいたら話どころじゃないと思ったんだもん…。ドンドンドンと扉を叩く音が部屋中に響き渡る。重ねてルイさんがため息をついた。
「…本当に神狼一家は馬鹿力だな。扉を壊すのも時間の問題か。…ま、いいや。それよりサクラちゃんこれを見て。」
私から見て左側の机の引き出しから、白い封筒が出てくる。ルイさんは表情を動かさないまま、はいっと手渡した。
「これは…?」
「中身を見れば分かるよ。」
そう言われ、のりづけされていない封筒の中身を取り出してみると、
「『指定暴力団、跡継ぎに関する規定』…?」
「そう。国に法律があるように、学校に規則があるように、僕らヤクザ界にもルールは存在する。…君はまだ正式な桜蝶一家の長じゃない。」
ルイさんの顔からいつもの笑顔が消え、いつになく真剣な顔つきになる。
「サクラちゃんが引っかかっているのはココ。コレをクリアしないと君はその座から引きずり下ろされて、ただの一般人になる。」
「…コレを、ですか。」
私はルイさんの指さした項目を見る。それは私には到底出来るはずもないものだった。
『保護者又は長でない親族の者の承認書を要する』。半分家出のような形で出ていった私が、承認書なんて書いてもらえる訳が無い。…親戚も皆"ヤクザ"に良いイメージを持っているわけでもないし…唯一のおじ(=以前の長)はもう他界してしまったため、頼る人もいない。そんな状態でどうしろというの…?
「桜蝶一家は、様々な組や人が合わさって構成されている。皆が皆、心から君を受けいれた訳ではないだろう。この規定を覚えている、知っている奴が正式な長でないなら、といつ君を襲ってきてもおかしくないんだ。…特に本家に居ない組の奴だったりね。」
「…まるで何か知っているような口ぶりですね。」
「僕は君が好きだから、君が教えて欲しいと言うなら、喜んで教えるよ。」
そう言い終え黙っているその笑顔は、時間が経つにつれて段々と影を生み出していく。
「…ルイさん、レオンと同じくらい素直じゃないですね。安心してください。これは私の問題です。他の組の方には聞かず、身内で片付けさせてもらいます。」
じっとルイさんを見つめ、キッパリと言い切る私に、ルイさんは片手で髪をかき分けた。
「君はどこまで…はぁ。」
呆れられたのだろうか。そう思って聞いていると、ルイさんはスクッと立ち上がり、こちらへ近づいてきた。あ…この顔は素だ。珍しいその微笑みに思わず見とれていると、気づいたら目の前にまで来ていた。そしてその細く白い腕をのばし、そっとその胸に抱かれる。
「これ以上、君を好きにならせないでくれ。俺は…嫌と言えば嫌だけど、2人には上手くいって欲しいんだ。」
「ルイさん…。」
彼の肩がプルプルと震えている。そのことに気づいた瞬間、急にパッと肩を押され放された。
「でも何かあったら言ってね。いつでも助けに行くから。サクラちゃんになら、力を貸すよ。」
「ありがとうございます、ルイさ…」
とその時、バンッ!と勢いよく後ろの扉が開いた。あ…扉を叩く音がなくなったから、すっかり忘れていた。恐る恐る振り返ってみると、そこにはものすごい形相をしたレオンが狼男のごとく立っていた。
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