35話

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35話

「ケーーイっ!」 ニッコニコで近づいていく私に、それを青い顔で見つめ後ずさるケイ。私は桜蝶一家に帰った途端、ケイの元へ行き継承についての話をしていた。 「いややや。か、隠してた訳じゃないっスよ?ただまだ今じゃないかな〜って…。」 「え〜何のことを言っているの?私は全然気にしていないわよー?私がまだ正式な長じゃなくて、それになる為にしないといけないことをケイは知ってたのに言わなかったことなんて、ぜ〜んぜん!」 「気にしてるじゃないっスか!」 ジリジリと距離を縮める私。顔はちゃーんと笑顔のままだ。 「そんなことないわよ?」 「いやいや、もう一思いに殴って欲しいっス!そっちの方がまだマシっスよ…。」 「んー、私そんな暴力的じゃないからなぁ。…その代わりいつもの倍働いて、この紙に書いてあることについて調べてきたら、」 「はいっス!そうするっス!」 「早いわよ。」 さっきの青ざめた顔とは打って変わり、にぱぁ…!と笑うケイ。…全く、調子が良いんだから。やれやれと首を振っていた所、急に視界が薄暗くなった。それが、私の身体がすっぽりと誰かの人影で覆われていることはすぐに分かった。それでも後ろを振り向きたくなかったのは、その人の香りで誰なのか分かったから。 「あっ…!」 ケイはその人影の主を見て明るい声を出す。待って…ケイ言わないで。私はこのまま振り向かず逃げ出したいんだから…! 「レオンさんじゃないっスか!」 うぅ…。私は仕方なく振り返る。するとそこにはムスッとした顔のレオンが立っていた。 「どうしたんスか、家の中まで来るなんて珍しいっスね。あれ、そういえば今日は2人で一緒に帰られなかったんスか?」 さっき学校で何があったのか知らないケイはそう口にするが、私はもう冷や汗の出る思いでいっぱい。 「…あぁ。俺の婚約者様は一人で行動するのが好きみたいでな。今日は俺から出向いてやろかと思って…な?サクラ。」 名前を呼ばれビクッと肩を震わせる。私はゆっくりと振り向きながら、この危機的状況をどうしようかと考える。 「レ、レオン…いらっしゃい。あーあ、おもてなししたかったけど、今私色々立て込んでて…。」 「ほぉ、部下を壁に追い詰める奴のどこが忙しいって?」 うっ…!見られてたのか。ぐぅの音も出ず、ここからどうやって逃げるか必死に考えていると、上から大きなため息が聞こえた。 「はぁ…大事な婚約者に嘘をついてまで男に会いに行っただけでは飽き足らず、ほったらかしにするなんて、どういうことだ?」 「…それについては反省してます。ごめんなさい。」 素直に謝る私に、レオンは時間を置いてからまぁよし。と許してくれた。何だかんだ言っても、やっぱり優しいよねレオンは。そう思いニコニコ見上げていると、彼は照れたのか私の目を片手で覆った。 「え〜レオン照れたの?照れた顔見せてよー。」 「見せるか!…お前今どの立場にいるのか分かってるのか?そういうこという雰囲気じゃなかったろ。」 「それとこれとは話が別よ〜。」 「そっスよー。俺も見たいっス〜。」 「お前は出てくんな!てかお前は見えてるだろ!」 玄関前の廊下で、ワーワー騒ぐ私達。家での久しぶりなこの感覚に、心がじんわりと温かくなった。すると、 「あれ、レオンさんじゃないですか。」 「お〜、久しぶりっすね。」 数人がヒョコっと顔を出し、ゾロゾロと出てくる。レオンはそれを見て唸り声を上げた。 「あー!なんでこの組はこう、うじゃうじゃと寄ってくるんだ。ほっとけ!」 「そんな冷たいこと言わないでくださいよ〜。」 「そーですよー。それより、晩飯食ってきます?」 その声を聞きつけた他の者も何事だと出てきて、更に人が集まり騒がしくなり始めた。 …皆の笑顔の中心に私がいる。皆の中心には私とレオンがいる。…守っていきたいな、この雰囲気を。皆の優しい笑顔を。ここにいたいな。私を快く受け入れ、認めてくれたこの組に。 そうしみじみと考えていると、 「サクラっ!」 名前が呼ばれたと思ったら、急に体の重さがなくなり、すぐ近くにレオンの顔があった。 「え、え!レオン!?」 そう、なんと私の体はレオンの両腕の中にすっぽりと収まっていたのだ。 「コイツらうるせぇから静かなトコ行くぞ。ちゃんと掴まってろよっ!」 「ちょ、レオン!」 私の声などお構い無しに、レオンはバンッと外に飛び出した。急いで彼の首に腕を回しながら、彼の肩越しに後ろを見ると、組の皆が口を開けて見つめていた。ニヤニヤする者もいれば、驚いて開いた口か塞がらない者もいて、私はボンと顔が赤くなった。 「レ、レオン…皆見てるから…!」 「仕方ねぇだろ、我慢しろ。」 そう言われ止まる気もないレオンを見て私は、少しでも皆の視線から離れようと、ぎゅっと彼の胸に顔を埋めた。 そうしてどのくらい走ったのだろうか。子供の不思議そうな声に顔を上げられずに埋めていたら、いつの間にか静かになっていることに気づき、ふと顔を上げると知らない家にたどり着いた。 「ここは…?」 「俺ん家。」 「え!?」 目を見開いている私に対し、レオンは少し気まずそうに目を逸らしながら言った。 「いや、静かなトコって公園とかだと考えたんだけどよ…。この状態ならどこでも目立つし、そもそも俺のせいでお前は裸足だし、ココしか思いつかなかったんだ。」 やましい思いはないものの、レオンのソワソワとしたその態度に、こちらも意識せずにはいられなくなり俯く。再びチラリとレオンを見ると、ほんのり赤く染った頬をした彼と丁度目が合い、互いにバッと顔を背けた。次に何を話せばいいのか、誰が先に口を開くか…。 と、そんな気まずい空気になっていたその時、2人に救いの手が現れた。 「ちょ、奥様…!」 「まだレオンは帰ってこないの!?もうこんなにも暗いというのに…。」 玄関の扉越しに女の人の甲高い声と、それを止める若い男の声が聞こえた。かと思うと、バンッ!と勢いよく扉が開かれ、"奥様"と呼ばれていた女の人と対面する。こちらに気づいた彼女は、 「あら、レオンやっと帰ってきた。心配したのよ?私、もう探しに行こうかと……て、その子は?」 小柄でそれでいて強そうな綺麗な女の人…。そう思い思わず見とれていると、ふとある言葉が頭に引っかかった。ん?『奥様』?……てことはもしかして…! バッとレオンを見やると、彼は大きなため息をつきながら、その人を呼んだ。 「おい…そこまで遅い時間じゃねーだろ。組のヤツらに迷惑かけるなよ、母さん。」 やっぱり!私はレオンと彼のお母さんを見比べてみた。あぁ、確かに目元の雰囲気がそっくり。 「それにコイツは、」 「やっだ!可愛い〜!どこの子?どの組の子なの?あら、どうして裸足なのかしら?それより息子とはどういう関係!?」 「え、えっと…。」 目をキラキラさせながら、質問責めをするレオンのお母さん。彼とは全く正反対の性格で驚いて返事に困っていると、レオンが助け舟を出してくれた。 「母さん、そんな質問責めされても困ってるだろ。…一旦家に上がらせてくれ。」 「そうね、そうよね。ごめんなさい。ささっ、どうぞ〜。」 そして私はレオンによって玄関の中まで運ばれた。扉をくぐり家の中に入ってから、私はやっと地面に直接立つことができた。そこまで時間は経っていないのに、久しぶりな感覚を覚える。 久しぶりだね、地面…! そんな思いを噛み締めながら、正面から送られる熱い視線に向き直った。 「このような形ですみませんでした。初めまして。私、桜蝶一家の長サクラと申します。レオンさんにはいつもお世話になっています。」 「え!?」 「「え…?」」 名前を聞いた瞬間、そう驚くレオンのお母さんに私達は顔を見合せた。私何か変な事言った?と首を傾げる私に、いいやと首を振るレオン。 「…じゃない。」 「え?」 「言っていた事と違うじゃない!」
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