36話

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36話

急に大声を上げるレオンのお母さんに、私達はビクッと肩を震わせた。 「な、何が違うんだよ。」 「レオン。あなたサクラちゃんのこと、すぐ喧嘩する喧嘩っ早い男勝りなムキムキ女の子って言ってたじゃない!!面倒臭いけど命令だから、一緒にいないといけないって!」 え、レオンそんなことお母さんに話してたんだ…。そう思い、彼に白い目を送る私を見て、レオンは慌ててお母さんを止めだした。 「待て待て待て!俺がいつそんな事言った!?」 「言ってたわよ!『すぐ喧嘩して手に負えない。危なっかしいから俺が見てないと。』って!今まで見たこともないような優しい笑顔で!」 「な、なんでそこまで分かってて、そんな壮大な勘違いするんだよ!!」 二人とも大きな声で叫んでいたからか、はぁはぁと息切れをしている。そして落ち着いてきたのか、お母さんがふと言った。 「…あら確かに。」 「おい!!」 しかめっ面なレオンに対し、彼女はほんわか笑顔で何ともなかったかのように笑った。 「だって、初めてあんな顔見たんだもの〜。変に勘ぐり過ぎちゃった。」 「『ちゃった』じゃねぇよ、全く…。」 「…………プッ。」 今の今までせっかく堪えていた笑いが、レオンの疲れ呆れ返った顔を見て、堪えきれずに吹き出してしまった。もうこうなったら止めることは出来ない。 「アハハハッ!」 突然糸が切れたかのように大笑いする私を2人はただ呆然と見つめた。その後恥ずかしくなってきたのか、レオンがこちらへ近づき、背後へと回って私の頭に自分の顎を乗せた。 「笑うな。」 「ご、ごめん…フフッ。でも、もう無理よ。」 声に出して笑うのは堪えたけれど、ツボに入ってしまったのか中々笑いから抜け出せない。ずっと肩で笑い続ける私に、レオンは拗ねた声で言った。 「…それ以上笑ったら許さないからな。」 「ごめんごめん、そんなに拗ねないで〜。」 振り向いてみると、レオンは少し顔が赤くなりながら目を逸らした。そんな彼が子犬のようでとてつもなく可愛く感じ、その頭に手を伸ばした。サラサラの髪が指と指の間を撫でる。 「やめろ、子供扱いすんな!」 「わぁ髪サラサラ。」 「聞けよ!!」 「ん、ここが俺の部屋。」 「おじゃましまーす。」 招かれるまま部屋に入ると、そこは黒と白が基調とされたレオンらしい部屋だった。何気に初めてのお宅訪問でドキドキする…。 「テキトーに座ってくれ。」 「あ、うん。」 中央の長方形型テーブルの前に置いてあるクッションの上に座る私。その向かい側にドカッとレオンはあぐらをかいた。何だろう…レオンのこの姿勢、今までたくさん見てきたけど、何か少し違うんだよなぁ。やっぱり家が落ち着けるのかな。そう思い、じっと見ていると、 「…なんだよ。」 「わっ。な、何でもない。」 「…そーかよ。別に俺の部屋なんだから、あんま緊張すんな。」 全てを見透かされているようなその言葉に、恥ずかしい思いになりながら、レオンは緊張してないんだと少し悔しい思いに見舞われる。 「…レオンは私にドキドキしないんだ。私はこんなにも心臓が飛び出そうなのに!」 「なっ、そんな訳ないだろ。俺だってお前がいるときは色々必死で…」 とそこまで言って、レオンはあ、という顔をし、顔を背け黙り込んだ。 「ん〜?俺だって何?レオンは私といるとき、どう思ってるの?」 ニヤニヤと見つめる私に、レオンはもう何も言ってやらないと首を横に向けてしまった。 「ねぇレオン〜?」 いつもはここで止まるが、あまりにも面白くなってきて調子に乗る私。テーブル周りをぐるっと半周し、レオンの目の前に来る。 「先聞かせてよー。」 「…言わねぇ。てか近ぇよ。」 私はレオンの腰の後ろに手を置き、少し前かがみになった。じぃ…っと見つめる私に、レオンは数分間耐えていたが、ついにため息をついた。 「分かった、分かった。」 レオンが先に折れ、私もこんな距離が近いのは流石に恥ずかしいと、離れようとした瞬間、 「…えっ!?んっ。」 腰にうでがまわり、レオンの方へと引き寄せられたかと思えば、急にキスをされた。顔を離すその時、ペロッと唇を舐められる。色々とあまりにも急で、そのまま為す術なくその場で腰を下ろした。 「レ、レオ…今…。」 口元に手を当て、顔から湯気が出る思いでそう呟く私に、レオンはケロリとして言った。 「"言葉で"なんて言ってなかっただろ。」 「そっ…!」 確かに、そうだったけどっ!! 言葉にならない心の叫びが、私の中でこだまする。予想外のことに頭の中がぐるぐるで上手く声が出なかった。いつも何だかんだ言って結局は折れてくれるから、今回も…って思ってたのに。…何で!?そう思っているのが丸わかりだったのか、レオンはこちらを見て口を開いた。 「いつもはお前の家か学校だったろ。知ってる奴がいたらって遠慮してたが、ここは俺ん家だ。遠慮もクソもねぇだろ。」 するとガチャッと部屋のドア開き、レオンのお母さんが入ってきた。 「うおっ!ノックくらいしろよ!」 というレオンの声をスルーして部屋に踏み入り、彼の近くまで来た。そして右手に持っている丸めた新聞紙を掲げ…そのままスパーン!と綺麗な弧を描き、彼の頭を叩いた。 「いっ!?何すんだよ。」 「なーにが、"遠慮もクソもねぇだろ"よ。母さんがいるんだから、少しは遠慮しなさい!」 「母さんが部屋に入ってこなきゃいい話だろ。てか聞いてたのかよ!」 「それにアンタ汗臭いわよ?サクラちゃんにも失礼だから、さっさとお風呂に入ってきなさい。」 「いや、おい。待てって…!」 嫌がりながら、お母さんに引っ張られていくレオン。まるで猫が子猫を咥えて連れていくようで、ほんわかした気持ちになる。 「分かったって!入るからどっか行けよ。…あ、それからサクラにちょっかい出すなよ?俺の部屋にはアイツ以外立ち入り禁止だからな!」 「分かってるわよ〜。ささっ早く入って入って。」 二人の会話が遠くから聞こえる。さて…レオンがお風呂から出てくるまで私1人。一体何をしよう…。勝手に人のものを触る訳にもいかず、あれやこれやと考えていると、またもやバンッと部屋のドアが開いた。そこには堂々と立っているレオンのお母さんが。……ん?さっき立ち入り禁止って言われていたような…。 レオンのお母さんは座っている私をそのまま見下ろし、言い放った。 「こっちへ来て。ここからは女の話といきましょ。」 「は、はい…?」 会話のないまま、階段を下りリビングへ向かう。横から見えるレオンのお母さんの表情には、笑顔の『え』の字もない程、落ち着いていて冷たい。たまに神狼一家の者とすれ違い、挨拶をされても、 「えぇ。」 の一言で終了。あまりの変わり具合に開いた口が塞がらない。 「ここよ。」 そう言われ大人しく私が入った部屋は、リビングらしき広い場所。促されるままストンと座り、目の前に座ったレオンのお母さんを見る。溢れ出る品位に威厳…。この人は神狼一家の主の奥さんとして、今までどのように過ごしてきたのだろう。どのように他の者と接してきたのだろう。先輩として見習わなくては。と考えて私ははっとする。レオンと結婚する前提で考えてた……!?うぅ…恥ずかしい。まだ"本当の"婚約者ではないというのに。いや、でも仮にも婚約者という立場にはいる訳で…でもでもやっぱりまだ気が早い気もするし! うーんと頭を悩ます私に対して、レオンのお母さんは、分厚く大きな本をドン!と机に置いた。その音の大きさに私は肩をビクつかせ、そちらを見る。 「これを見て。」 スススッ…と差し出されたその本を私は少し躊躇いがちに触れてみた。新緑の布地に包まれた、高級感のある書物。何も書いていない表紙を見る私の目の前から、またもや熱い視線が送られる。気まずいなぁと思いながら、言われた通り開いてみると… 「こ、これは…!!」
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