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4話
ポロポロと涙が溢れる。茶碗と箸を盛っている手が震えるけれど、手を離したくない。部屋全体が騒然としたのが分かった。
「口に合わなかったっスか!?」
「ちょ、どうしたんだ…どこか痛いんですか?」
「もしかして俺ら怖がらせちゃいましたか?」
ケイや他の皆の慌てた様子に、すぐに私は首を振るもののすぐに返事ができなかった。挨拶が終わって安心したのかもしれない。拍手を受けてホッとしたのかもしれない。ご飯が温かくて…この一家が温かくて感動したのかもしれない。
「ごめ…。おいし、くて…。」
「「…は?」」
「こんな、温かいご飯食べたことなかったし、こんな、皆優しいなんて知らなかったし…、なんか安心したっていうか…。」
言いながら恥ずかしくなり下に俯く。場が一瞬時が止まったかのように静かになり、その後爆笑の渦に変わった。
「ちょっとボス、純粋っスか!」
「堅苦しい人来たーって思ってましたけど。」
「全然可愛いじゃないですか!」
「はぁ、緊張した~。」
「ほら、持ってるもの全部置いてくださいっス。そして、はい。これで涙拭いてください。」
言う通りに物を置いて、ハンカチを受け取る。
「もうヤダ…泣くなんて思わなかったもの。」
「仕方ないっスよ。家庭環境がああだったんスから。でも、ここは安心っスよ。ね?」
今ならケイが部屋に入る前に言った言葉の意味がよく分かる。そして先代の手紙に書いてあったことも。
あの手紙にはこう書いてあった。
次期桜蝶一家の未来を担う者へ
急にこの裏の世界に連れ込まれ、納得していない思いや恐怖心を持っていることは当たり前だろう。人は誰しも、知らないことに直面するとそれらを恐れるようにできているのだから。その不安を煽る訳ではないが、確かにこの世界は危うい。今、崖の上にいて1歩でも踏み外すと永遠の暗闇に落ちてしまう。男が継いだのであれば婚約者を決めなくてはいけなく、女が継いだのであれば婚約者が決まっているであろう。そんな人生を共にする人さえ自由に選ぶことのできない、決まりに従うしかない人生を呪いもするだろう。自暴自棄になってしまうかもしれない。だが、少しだけ止まって自分の後ろを見てみろ。崖の上にいようが何だろうが、お前の後ろには我々一家がついている。どんなにつらくても、自分を支えてくれる者が数百人いる。
この一家はどの組と比べても、比べ物にならないくらいに温かい。家族と縁を切られた俺が、ここまでこの一家の勢力を上げられたのは、あいつらのお陰だ。今、お前さんを認めない奴がうちにいるかもしれない。だがそいつらも根は良い奴なんだ。ここに悪い奴なんていない。必ずお前の助けになる。俺達は確かに暴力団だ。だがそこら辺にいる人に暴力を振るうようなチンピラみたいなことはしない。犯罪者をちょっとボコッたり、この一家に手を出すような奴にちょっと痛い目を見させるだけだ。ヤクはご法度。持っている奴がいたらすぐに解雇、警察行きだ。そんな一家なんだ、この桜蝶一家は。
少し長々と書いてしまったが、俺が望むことはただ一つ。お前の代でこの一家を終わらせるな。必ず次に紡いでくれ。こんなにも良い奴らでできた、この最高の家族を永遠のものにしてくれ。
現・桜蝶一家 長
あの手紙の通りだった。私が支えなくてはと思っていた一家は思ってた以上に温かく優しい。支えるのではなく、支え合ってこの一家が成り立つ。それなら私も支えてもらおう。家族なのだから、少し甘えてもみよう。ここは組じゃない。家だ。ここにいる皆は、私の温かい家族なんだ。…守りたい、この一家を。昨日来たばかりの私を迎え入れてくれる親切なこの家族を。
「私が…。」
「ん?どうしたっスか?」
「お、何です何です?」
「私が、この一家を守ります…!」
「お、おぉ。頼りにしてますよー。」
「そりゃボスなんですから、そうするんですよ~。」
「こういう初々しい感じも、たまにはいいっスね。」
改めて決意した私。それを応援してくれる仲間…いや、家族。涙を拭き、今宣言しよう。
「私、桜蝶一家の長となったサクラは、この命全てここに預けることを宣言する!これからは私と共に、桜の中を舞ってくれるか。」
「「おぉーー!」」
この時、私はこの家族の一員となった。
こんな朝食会をやっとのことで終え、まるで1日終わったかのように疲れたが、外に出ると今から昇る太陽が痛いくらいに眩しい。
「意外とボスらしかったな。」
「『ボスらしい』んじゃなくてボスなんだよ。見た目によらず、随分肝の座ったお嬢さんが来たな。」
「あぁ、これからが楽しみだ。」
えぇ、私も楽しみよ。私に家族の温かさを教えてくれたあなた達と共に、これからどんな舞いが待っているのかと思うと、血が騒ぐ。
気分も上がりルンルンで部屋に帰ろうとしていると、後ろで声がかかった。
「あの、ご機嫌なところ申し訳ないっスけど…。」
振り返るとそこにはケイの姿が。言いにくそうに目を泳がせて立っていた。
「何?どうかしたの?」
「実は今連絡があって、あと15分くらいでボスの婚約者が来られるそうです…。」
…?頭の中がはてなマークで埋まる。
「えっと…今急に決まったとのことで…。」
頭が何かに打たれたように真っ白になり、後にフル回転する。結婚相手が勝手に決まることは知っていた。叔父の手紙に書いてあったし、古い考えであるここの世界ではそれが当たり前だったから。しかしこんなすぐに決まるとは思っていなかった。私がボスになることに決まったのは昨日のことで、今日やっと正式にボスとなれたのだ。
「相手の、名前は…?」
「うちと同様、最近勢力を上げ始めている『神狼一家』の跡取り、レオンさんです。」
ドックンと心臓が大きく波打つ。レオン、レオン、レオン…。知らない人の名前が心の中で木霊する。そこである疑問が浮かんだ。
「跡取りということはボスなわけよね?跡取りと跡取りが結婚した場合、それぞれの組員達はどうなるの?」
「あ、それは心配ないっス。本家や住む場所も今まで通り。でもボス同士の結婚のため、2つで1つみたいになるっス。」
「2つで1つ?」
「まぁ簡単に言えば、相手の組が我々の味方になるってことっス。危害を加えない、危険なときは協力する。そして一緒に勢力を上げていく。まさにWinWinな関係っスよ。だから神狼一家と手を組むことは、桜蝶一家にとっても良いことなんス。」
理想の組ということか。この世界に来て、初めて他の一家を見るチャンス。そのことに気を取られ婚約のことなんて忘れ、私の胸は踊っていた。
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