40話

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40話

「サクラは大丈夫かい?それに君も。」 そう優しい声音で話しかける父。…よく言うわ。怪我もしていない母の元へ真っ先に行ったくせに。 「大丈夫、大事にはなってないし。それよりサインして。」 「こんな時にまだそんなことを…。」 「こんな時だからこそ言ってるの。2人のどちらがサインするだけで、私は自分の居場所に帰れる。今包帯を巻いただけの彼をもっと手当することが出来る。だから、」 「…ふざけんじゃないわよ。」 フラフラと母が近寄り、それを父は支えながらこちらを向いた。 「お母さんもこんな状態だし、今日はやめにしよう?久しぶりにお前も帰ってきたんだし、3人家族揃ってご飯でも行かないか?」 「何を今更。」 私はもう決めたの。ここにはいたくない。私の帰りを心待ちにしている皆の元へ帰るんだ。今更親ぶったって、私の決心は揺らがない。すると堪忍袋の緒が切れたのか、母が突然叫び出した。 「大人しくしてれば…ここまであんたを育てたのは誰よ!誰のおかげよ!一人で生きてきたとか思ってんじゃないでしょうね。私が放っておいたらあんたはとっくに死んでたわ!親は私よ、育てたのは私よ。私のために生きるのが当たり前でしょ!そんなにここを出ていきたいのならね…私のためにならないのなら、いらないわ。殺してやる…死んで罪を償いなさい?アハハハハ!」 そう言ってナイフを取りに行こうする母を、流石にダメだと思った父が力ずくで止める。 「お母さん、流石にそれはいけないよ。…サクラ、お母さんに謝りなさい!」 「謝んなくていいサクラ!」 100パーセント私が悪いと父は思っているのだろうか、謝罪を求めてきた。それに対しレオンが声を上げるが言われなくたって、謝る気など微塵もない。そんなレオンをうざったく感じたのか、父が視線を向ける。 「なっ…なんなんだね君は!人の家庭事情に口出しして。」 「はぁ!?流石にキレるぞ。てめぇこそなぁ、」 鬼の形相で父を睨むレオンを私は片手で制する。驚いたような目で彼は私を見つめたが、言いかけた言葉をぐっと堪えてくれた。 「お父さん、お母さん。ここまで育ててくれたこと、ちゃんと感謝してるよ。でもずっと貴方達の傍にはいられない。私は私の道を決め、信じて進みたいの。それを応援するのも親としての務めじゃないのかな。」 「サクラ…。」 「はっ!どうせあんたなんかすぐ裏切られて野垂れ死ぬ運命なのに。そうなって助けを呼んだって何もしてやらないんだから。」 今まで何もしてくれたことなんてないでしょ。と心の中でツッコミを入れつつ、このまま言われっぱなしは悔しかったので一言。 「お母さん…一度病院に行くことをオススメするわ。」 その言葉にキィーッと顔を赤くさせ怒りまくる母に私はようやくすっきりしたような気分になり、肩が軽くなった。そんな私とは正反対に父は顔を青くさせこちらを見る。 「サクラ…家族じゃないか…。どうしてそんな切り捨てるようなこと言うんだい?お父さん達はお前を大切にして…」 「大切にしてるんなら、私の事知りたいと思うのが普通だよね。」 「…!そりゃそうさ。お父さんはいつもお前のことを理解したいと思ってるよ。」 笑顔がひきつりながら必死でそういう父に私は、じゃあ…と話を切り出した。 「それなら…なんでレオンのこと聞かなかったの?」 「え?」 「私がここに来た時も、私の代わりに瓶で殴られた時も、謝らなくていいって言ったら時も、お父さんレオンのこと誰かなんて聞かなかったよね。私とどういう関係なのかも。」 固まって声も出ない状態の父に私は容赦なく続ける。だってこれは、私だけじゃない。レオンにたいしても失礼な行動だったから。指摘しないと気が収まらない。 「これから身内の話をするって時に、じゃあ彼はここにいていい人物なのか聞くべきなんじゃないの?話をするにあたって関係のある人なのかどうか。それをしなかったってことは、彼はもちろん、私にだって興味が無いのと同じ。どうせ自分たちの言いように私を言いくるめてここに留まらせるって考えで頭がいっぱいだったんでしょ。そんなんでよく家族だって言ったわね。」 すると父は膝から崩れ落ち、床に手を当て呆然と床を見つめた。もういいや、サインが貰えても貰えなくても。私は私の意思で私の本当の家族である桜蝶一家の皆の元に帰る。こんなペラペラの紙なんていらない。…もしそれでも反対する人がいたら、ヤクザ流のやり方で片付けてしまおう。 「…さようなら、お父さんお母さん。」 そう言って後ろを振り向くと、私の心中を察したであろうレオンが心配そうな顔で立っていた。 「これでいいのか?承諾書なしで。」 「いい。…それに、もし何かあったらレオンが助けてくれるでしょ?」 その答えを聞き、レオンは少し目を丸くして、次に盛大なため息をついた。 「はぁ。全く…世話のやける婚約者ができちまったな。」 「それはお互い様。」 2人で目を合わせ、ニコッと笑う。後ろでは母のうめき声と父の目線が。もうここに来ることは無いのかな…。あんなにも出たかった家。いざとなると少し寂しい気もするが…私にはそんな寂しさも感じない程、今後忙しくなるだろうから心配いらないかな。 そう思い、リビングから出ようとしたその時。バリーン!と部屋の窓ガラスが割られた。 「きゃー!」 「な、なんだ…!」 狼狽える両親を放って、割れた窓ガラスを見てみると、拳ほどの大きな岩が投げ込まれていた。 「レオン、これ…。」 「デカイな…ただのイタズラじゃあなさそうだ。」 すると、同じような岩が次々と窓ガラスを割って入ってきた。 「な、なんなのよ!!」 そう叫ぶ母に父も同様、何が起こっているか分からないようだった。よく目を凝らし、窓の外を見てみると…そこには数人の男達がこちらへ向かって小走りで来ていた。割られた窓から土足で部屋に入ってくる。 「正式でない桜蝶一家の長!あなたをその場から引きずり下ろしに来た!」 「なっ…!」 このタイミングで来たのか…。そう冷静に考えつつ、両親を見やる。2人は部屋の隅っこで小さく丸くなって怯えていた。…いつの間にそこに行ったんだか。彼らに被害が及ぶことは無いと判断した私は、ようやく侵入者に向き直った。 「貴方達はどこの組の方?」 「…名乗るわけがないだろう。」 「じゃあいいわ。…はじめまして、空波一家の皆さん。」 「「!?」」 4人が驚いた顔を見せ、残りの3人が顔を崩すことなく私を見つめる。ただそれだけの反応でこの人達の上下関係が分かった。私は主に残りの3人の方を見てニッコリと微笑んだ。真ん中の大男が顔を微塵も動かさずに言う。 「流石、一時的ではあるが長を務めていただけはある。」 「お褒めにいただき光栄ですわ。それで、どのような事情があって人の家の窓を割ってまで入ってきたのでしょう。余程の緊急事態がおありで?」 「えぇ、そりゃもう緊急中の緊急事態が。」 ふざけ合いながらも目は笑っていない空間が生まれる。相手の余りの余裕ぶりに何か裏があると読んだ私たちは、一瞬目を合わせすぐに相手を見た。相手は気にすることなく話を続ける。 「正式な長でない者が名誉ある組をまとめているなんて、我々不安で仕方なかったのですよ。」 よく言うわ。前々から機会を狙っていたくせに。 ルイさんから忠告という名のヒントを受け、ケイに調べ物をお願いした次の日、本家に住んでいない桜蝶一家の中にある組空波一家の名前が上がった。彼らは私の叔父が長であったことから悪巧みをしていたらしく、長になる機会をさぐっていたらしい。 「元ボスが亡くなられて、チャンスだと思った矢先に今のボスが急に出てきて長になって、今までの計画ぶち壊されたら、そりゃキレるッスね…。」 「だからって、本家でないところで独自でここまで調べてくるなんて…ただものではないわね。」 そんなことを話していた相手が今目の前にいる事実。圧がすごいなんて言ってられる状況じゃない。そうして緊張の走る雰囲気の中、組内部の争いが幕を開けた。
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