5話

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5話

神狼一家。それは桜蝶一家同様、昔ながらある組。成立後、急激に上に上り詰めたが、月森組という新人ヤクザ組に負け、急激に知名度が落ちたところ。最近になって勢力が戻りつつあるが、それでもまだ桜蝶一家に負けるほど。新しいボスはレオンという私と同年の、喧嘩を好む根っからのヤクザ。月森組の跡取りは2つ上。温厚な見た目、性格なため騙され、ボコボコにされる人多々あり。性格の悪い組だが、勢力はうちよりも上。 「…以上が、俺らが調べ上げたことっス。」 「分かったわ、ありがとう。」 「俺らが調べられるのはここまでっス。情報を知られれば、弱点をつかれる。だからどの組でもあまり情報はもらえないんっスよ。」 「いいえ、十分よ。他の調べてくれた人にもお礼を言っててちょうだい。」 「かしこまりましたっス。」 これから来る神狼一家と、そこと関係のある組を少しでも知っておこうと私は部下に調べるよう指示した。が、まさかこの短時間でこれほどの量を調べてくるとは思いもしなかった。 正式にボスになったその日に婚約者決定とは、相手側は私がどういう人物で、どう組を動かすのかも知らないのにも関わらず、よく決定したなと思い、調べさせたが…。まさか、そういうことだとは。使えるものは使う。桜蝶一家も勢力を上げつつある今、ドン底まで落ちた神狼一家にとってこのお見合いの話はとてもおいしい。組同士上手くいけば、勢力が爆上がりする可能性もあるのだから。他の組に取られる前に先約を入れた、という訳か。 と、その時車のエンジン音が聞こえ、タイヤが地面を擦ってる音がし、そして止まった。 「ボス、ケイさん、神狼一家が到着いたしました。」 「客間にお通ししてくださいっス。さぁボス、我々も準備を。」 「えぇ。」 いよいよだ。もうすぐで他の組の長を見ることができる。そんな期待もあるが、自分の婚約者でもあると思うと、何とも言えない複雑な気持ちになる。どちらにしろ、相手がどんな人なのか気になる事には変わりはない。 準備が終わり、ゆっくりと襖を開ける。私の両隣にはケイと無口な男。机の前に座っているのは、丸刈りの太った男と、サングラスを掛けたゴツい男、真ん中にはヤンキーのような格好をした筋肉質ではあるが細身の男が。真ん中にいるのが『レオン』だろう。 「お待たせして申し訳ありません。私が桜蝶一家の長になったサクラと申します。」 顔を上げると、それと同時にサングラスの男が少し頭を下げた。 「私は神狼一家の元長、マサユキと言います。この度は、息子のと婚約のお話ということで争いはなしで、真剣なお話を出来たらと思っております。ほら、お前も。」 「いや、話する必要あんのかよ。」 先程まで正座をしていたレオンさんが、足を崩してあぐらをかく。マサユキさんは止めに入るが、一切やめる気のない息子に諦めがついたのか、すぐにこちらに向き直った。 「すみません、うちの息子は不出来なもので。」 「いいえ、構いませんよ。楽にしてください。」 と言うものの、内心はなぜこんなにも礼儀がなっていないのかと思う。ヤクザだろうが礼儀は知っていて当たり前。なんなら一般人よりもヤクザのほうが礼儀を心得ておかないといけないだろう。そんな私の思いも知らず、レオンさんはこちらに聞こえるようにボソッと呟いた。 「…なぁ親父、綺麗事並べてねーでさっさと決めさせろよ。どうせ俺らを結婚させる契約をするまで帰らないし、綻びでも見つけて脅す気なんだろ?争いはなしってどの口が言うんだよ。」 「…!?」 場に一気に緊張が走る。私の前に左右の2人が立ちふさぎ、あちらを真っ直ぐ見つめた。 「どういうコトっスかね~。『穏便に』お話をする気はないということっスかねぇ?それならボスはすぐに部屋に戻ってもらい、今すぐにでも返り討ちにしますけど。」 その瞬間マサユキさんは真っ青な顔をして、額を床につけた。 「も、申し訳ありません!実は、月森組がここの婿候補に名乗り出るということを耳にしてしまい、月森組だけには負けたくないと…!」 「…2人とも下がりなさい。私は大丈夫よ。」 「しかし、」 あまりの相手の必死さに私は何だか可哀想になって2人を後に控えさせた。大方、月森組が私を嫁候補とするのならば、正式な候補になる前に神狼一家が私を嫁候補にしてしまおうと考えたのだろう。 「神狼一家についてはこちらも少し調べておりました。そのためあなた方がどれほど、月森組に勝ちたいのか、先に行きたいのかは分かります。しかし、相手を脅すというのは私は許せません。弱味を握って下に置いておくなんて、そんな卑怯なことをして勝つことに何の意味が?この世界は正々堂々闘ってこその勝利があるのでは?」 「はい…。その通りでございます。申し訳こざいませんでした…。」 「顔を上げてください。」 私よりも何倍も強そうな見た目の人。ましてや元長だ。部下や息子の前で、このような姿を晒し続ける訳にはいかないだろう。 「安心してください。月森組の噂は聞いております。見た目で騙して、ボコボコにするような性格の悪い組。お会いする気にもなりません。」 この人は、余程この組が大事なのだろう。だからより一層、月森組を嫌っているんだ。自分がボスじゃなくなってもなお、あの組に対抗しようと必死なのだ。コチラの世界では暴力がものを言う。何をしてでも勢力が欲しいがための行動だったのだろう。ただ、自分の組が好きなだけ。まるで前の桜蝶一家の長のように。何よりも自分の組が大事で組員が大切なだけ。それなら、私は… 「…この世界に昨日入ったばかりの私を迎え入れてくださいますか?」 「ちょ、ボス!どういうコトっスか。」 「どうなろうが最終決定は主にあちらにあります。それに次に月森組が控えているのなら、性格の悪いあの人達が何をするのか分かったもんじゃありません。」 「確かにそうっスけど…。」 「私は、自分の組を大切にしている方と親しくなりたいと思っています。それに女であるため、強い決定権は持っていません。この組を逃して次のところが組を大事にしているかも分からない中そんな組に行きたいと私は思いません。」 皆がシーンと静かになる。ボスになったばかりの私が生意気だと思っているかもしれない。けれど、私はこの組の者が安全に今まで通りにいくようにしたいと決めたんだ。他の組に侵食されたり、見下されたりしてほしくない。 「あ…ありがとうございます。どうぞ息子をよろしくお願いします。」 マサユキさんがまた深々と頭を下げる。ケイはボスがそういうなら…と渋々引き下がり、レオンさんは相変わらず姿勢を悪くして興味のなさそうにしていた。 「あの…少しレオンさんと2人にしてくれますか?」 「どうぞどうぞ。まずは知り合うことからですよね。」 マサユキさんは本調子を戻したようで、嬉しそうにこちらを見て微笑んだ。ケイはさっきのことがなかったかのように、またへらへらしながらマサユキさんを別の部屋へ案内する。 「こちらっス~。これから仲良くしていくために色々こちらもお話をしましょうか。」 人が居なくなり、再び静まり返った空間が戻ってくる。私はどうしても知りたいことがあった。それを聞くには2人っきりのほうが良いだろう。 「レオンさん、あなたはなぜあんなことを言ったのですか?」
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