6話

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6話

「はぁ?何のことだよ。」 スゥと息を吸って吐く。先程から何か息苦しい、頭がクラクラする。緊張しているのだろうか。婚約者なんて出来た事ないし、異性と2人っきりになるのも初めてだ。心なしか視界もボヤける。 「あなたは、わざと私たちに聞こえる、ように、マサユキさんの計画を、言いましたね?」 「んな…!?」 レオンさんが驚いているのが声で分かる。あまりしっかりと顔が見えない。息も途切れ途切れになる。 「なんでその理由が知りてーんだよ。」 「だって、あなた、が…言わな、れば」 とそこで視界がぐらりと傾き、その後頭に衝撃が走った。 「お、おい!しっかりしろよ、どうした!」 レオンさんが私の顔を覗き込んでいる。あ…私は倒れたのか。早く起きなければ…迷惑をかけてしまう。しかし身体は言うことを聞かず、ただレオンさんに揺さぶられるだけだった。別の部屋からドタドタと声を聞き付けた人達が走ってくるのが分かる。 「どうしたんっスか!…ちょ、ボス!ボス!起きてくださいっス!」 分かってる、分かってるわ。今起きるから…お願い少しだけ待って。早く起きないと…お母さんがやったみたいに置いていかれる。それだけは嫌。置いていかないで。少し苦しかっただけ。我慢できるわ。だから…。 そこで私の意識は途絶えた。 暗い暗い世界。冷たくて何もない。ここは…私の心の中だ。誰も信用せず、信用されず、頼ろうともせずに1人で生きてくと決めた私の心の中。たまに私はこういう夢を見る。夢なのに、誰にも説明されていないのに、ここが自分の心の中であることをなぜか知っている。ズブズブと足が黒く重い沼に引きずり込まれていく。それでも何も抵抗しないほど私は無気力だ。興味がないのだ、自分に。そして将来にも。すると、 『ボス…ボス!』 と誰かが呼んでいる。肩まで沼に浸かって自分で動くことが不可能な私を誰かが呼んでいる。上を見上げると暗い世界に一筋の白い光がぼんやりと見えた。 手を伸ばす? いいえ、どうせ届かないわ。無駄な力を使うだけよ。 届くかもしれないのに? そんな希望を持っても失った時に悲しむだけよ。最初から何もしないほうがいい。 『おい!お前…サクラ!』 ほら、あなたを呼んでるよ。少しぐらい頑張ってもいいんじゃない? …どうせ裏切られるわ、期待なんかしない。 こんなにも温かいのに、裏切るなんてありえないわ! 温かい? えぇ、声が心があなたを本気で心配しているのよ! …また置き去りにされるかもしれないわよ。 そんなことないってこと、あなたが一番理解しているくせに。 …うるさい。 ふふ。ほら、心配かけすぎちゃ可哀想よ。早く起きて。裏切られたら裏切られたときに、また考えましょ?この世はひどい人ばかりじゃない。人を信じることから始めたっていいのよ。 …確かにそうかもしれないわね。 黒く重い沼から手を伸ばす。自分の限界を超えて、その光を掴みたい一心で。すると光の中からもこちらに伸ばす手が。一生懸命腕を伸ばし、何とかその手を掴む。…温かい。ぱぁっと暗い世界が明るくなる。その眩しさに私は目を瞑り、そして次に開けたときには… 「あ!目を覚ましたっスか?」 目を覚ますとそこにはケイが、私の頭に乗っていた氷を替えるところだった。 「ここは…?」 「お前の部屋。」 ぶっきらぼうな声に驚き、思わずそちらに思い切り振り向くと、 「…んだよ。」 そこにはレオンさんが気まずそうにこちらを見ていた。 「んじゃ俺は、目が覚めたこと皆に知らせてくるっス。」 軽い足取りでケイが部屋を後にする。ケイの目には少しクマがあった。きっとずっと看病し続けていたのだろう。そう考えると、少し嬉しい気持ちになる。 「おい。…目、覚めたんならいい加減離せ。」 え?と思い自分の腕の先を見る。とそこで私はレオンさんの手をずっと握っている事に気がついた。恥ずかしくなって慌てて離して謝る。 「ご、ごめんなさい!」 「全くだ。お前、一晩中目を覚まさないわ、置いていかないでって俺の手を掴むわ、何なら離さないわで大変だったんだからな。」 顔が熱い。ケイだけならまだしも、その日に会ったこの人にまで迷惑をかけていたとは…。どう詫びれば良いのか、起きたばっかりの頭をまわしていると、 「…大丈夫なのかよ。」 と心なしか優しい声がかかった。 「え、えっと、はい…。」 「そうかよ。」 「う、ん…。」 「…。」 「…。」 「…あー、ケイって奴から聞いたぞ。」 沈黙に耐えられなかったのか、レオンさんがおもむろに口を開く。何のことだか分からないため首をかしげると、レオンさんは視線を外しながら話を続けようとした。多分重い浴衣を脱ぎ、薄着でいる私に気を使ったのだろう。外にいる小鳥が、朝の肌寒さを補うように2羽寄り添っている。 「お前の親子関係だよ。コッチに来る前の親の態度が普通じゃなかったって。」 「…そう、ですか。」 そりゃ、いずれ知られることだっただろう。これから夫婦となる人のことを知らずに、一緒に歩んでいくわけがない。しかし心には鉛を乗せたような、そんな重さがあった。 「だから、その、手を掴んできたこと、別に悪いとか思わないでいい。」 「…はい。」 そうか、私は今同情されているんだ。親の愛を受けずに育ったことを、少しばかりか可哀想だと。握る拳の力が強くなる。目頭に涙が溜まり、落とさせまいと身体に力が入る。…今の私はすごく不様だ。うつむき小さく震える私を見て、レオンさんは 「いや、ちが、そうじゃなくて」 とこちらをチラチラ見ながら焦っている。 「そうじゃなくてさ、あー、これから一緒になる身だしそんなこと気にしなくていいっつーか…頼れよ。」 「…!」 トクッと小さく心臓が跳ねる。先程まで縛られていた心が解放されたような、そんな気分になる。思わず涙の溜まった顔でレオンさんを見上げる。格好が格好だが、顔にはまだ少しのヤンチャな高校生らしさを感じる。いくつもの傷痕や絆創膏がなければ、そこら辺の高校生とは区別もつかないだろう。ただの政略結婚である相手。そんな相手に心を許しても良いのだろうか。…頼ってもいいのだろうか。そう思いながら、そっと彼の頬に手を伸ばす。朝の冷たい風に晒され冷たくなった頬に、奥の方から温かい何かを感じた。それを感じた瞬間、私は悟った。この人で良いと。この人が私と共に桜蝶一家を、神狼一家を支える唯一無二の存在であると。 ヤクザの血は、その人の運命を知らせる力がある。時に熱く激しく流れ、時に冷たく遅く流れる。その血に導かれる事は全て己を成長させる根源となるのだ。 私の中の血は…この人を選べと熱く流れていた。
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