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7話
レオンさんが一旦家へ帰り、桜蝶一家も一段落ついた午後、私はずっと布団の中にいた。ケイが組の者に色々指示をしながらも私の世話をしてくれる。
「環境が変化して、その他にも、色々な事があったっスからその疲れが出ただけだと思いますけど、今日は安静にしていてくださいっス。明日は新しい学校もあるので。」
「えぇ、ありがとう。…ねぇ、ケイ。あなたは私がボスになったこと、どう思っているの?」
「俺っスか?まぁ…最初、ボスの家に訪問しに行くときはマジかって思ったっスよ。まさか男2人に拒否られるとは思ってなかったっスし、次に残っているのがまだ高校生の女の子だったんスから。コッチのことを知らないまま連れられるのは少し可哀想って思ってたんスけど…」
いつもへらへらとしているケイだが、この時の顔は笑ってはいたが、どこか優しさを含む笑顔だった。
「初めて見たとき、あぁこの子しかいないって思ったんス。」
「どうして?」
「目っスよ。タレ目でもなければつり目でもない。ドングリ目でなければ細目でもない。どんな目と言うこともできないっスけど、瞳に宿る光は真っ直ぐ相手を向いていて、誰も目が離せなくなるような目。それは以前のボスと同じ目っス。」
思わず自分の目に手を伸ばす。父と母とは異なっていた目。遺伝子が混ざりあってこうなったのだと考えていた。私がまだ幼稚園児のころ、前のボス…私の伯父に戦う練習など教えてもらっていたことがあった。それ以来会うことはなかったため、しっかりと顔は思い出せないが確かに似ていたような気がする。
「最初は新ボス反対派が多数でしたっスよ。でもそいつらが昨日の朝、一瞬にして賛成派になった。その目はそれだけの力を持つんス。桜蝶一家ボスの代々の瞳。俺らが守らないでどうするんだって。その瞳は確かに人を怯ます力もあるっスけど、我々にとっては優しさの象徴とも言えるんス。」
ケイは伯父のことを思い出しているのか、懐かしむような、その記憶を愛おしむような、少し儚げな目をした。
それほどまで伯父も、前のボスも皆に大きな影響を与える人だったのか。
「とても良い人だったのね。」
「はいっス。ここにいる人の多数は、歴代のボスに助けられた人っスから。」
とても純粋な笑顔を向けるケイ。彼も以前のボスに助けられてココにいるのだろう。桜蝶一家の一人一人には、ココに入った何かしらのエピソードがあるのだ。
「それに、」
ケイはさっきの笑顔を裏腹にニヤリと悪い笑みを浮かべた。
「うちの今のボスは、結構暴力的だったので拒否した2人よりもコチラ側だとわかったっスからね。」
「…!?ちょ、ケイ。調べたの?」
「そりゃ、知らないままボスに付いていくなんてしないっスよ。小学生のころ絶えなかった暴力事件の数々。しかし、中学生になると一変。問題クラスに入れられるものの、大人しすぎるため教師は疑問に思いながら、問題クラスから外した。そしてずっと暴力関係の事件はないってね。」
「完璧ね。」
「ありがとうございますっスー。」
小学生の頃のことを思い出すと気分が悪くなる。あの頃は伯父に教えてもらったやり方で、腹の立つ男の子とよく喧嘩をしていた。
「ケイ、席を外して。気分が悪いわ。」
「はいっス。」
誰にだって過去の苦い思い出は1つや2つあるものだ。ケイもそれを察してすぐに部屋を後にしようと考えたのだろう。
「明日、俺はオフっスのでここにはいませんけど、学校に行かれる際は気をつけてくださいっス。あそこは我々のような名の知れている組はもちろん、ただのチンピラや名の知られていない弱者の組もいるっスから、新しい芽は摘んでおこうとするっス。桜蝶一家の女ボスが入るという情報はもうヤクザ界には広まってるっスから、十分注意なさってくださいっス。ま、神狼一家もいるんで大丈夫だとは思うっスけど、一応お耳に。」
「分かったわ、ありがとう。」
足音が遠くなり、静かな部屋に1人にな…ってはいなかった。すぐに数人の足音が聞こえ、襖の向こうから声がかかった。
「ボス!入ってもよろしいでしょうか。」
とても真剣そうな声がかかる。大丈夫だと返事をしようかと考えたが、流石に寝間着姿で布団に横になっているのに、入らせてもよいものかと思う。
「ごめんなさい、今皆の前に出るような格好をしていないのです。」
「そんなボス、敬語なんて使われないでください。」
「少し質問があるだけですので、襖越しでもよろしいでしょうか?」
「えぇ、大丈夫よ。」
何か問題が発生したのか、それとも言いたいことがあるのか。少し身構えながら耳をすました。すると耳を疑うようか質問が。
「ボスは、どんなお菓子が好きでしょうか。」
「…。」
「…。」
「…はい?」
慎重な物言いだったため、一体何がくるのかと思ったら『お菓子』という単語が出てきて思考が停止すると同時に、笑いが込み上げてくる。
「…ふ、ふふ。」
「ボス?」
「ご、ごめんなさい。何かと思ったらお菓子の話だったから、拍子抜けしてしまって…アハハ。」
思わず声を上げて笑ってしまう。ガタイの良い男がどんな真面目な顔で聞いてきたのだろう。それを想像すると、また笑いが出てくる。一段落つき、笑いすぎで涙目になりながらやっと質問の答えを言う。
「私は、いちご大福など好きですよ。お餅が大好きなの。」
「…!ありがとうございます!ケイさんからボスはお疲れだと聞いたため、何か作って差し上げようかと。」
「え…あなた達が作るの?」
「はい!お菓子作り得意なんですよ!」
「それは、とても楽しみです。」
「では、失礼します。」
また足音がドタドタと過ぎていく。
本当にココにはたくさんの趣味、思考の者がいることを再び思い知らされる。こうやって慕ってくれる者、心配してくれる者もいれば非難する者、邪魔に思う者もいるのだろう。でもそれら皆に認められるように頑張ろう。この一家を率いる者にふさわしい人物になるように。
後に持ってこられたいちご大福は、いちごの甘酸っぱさをあんこがカバーしていて、今まで食べたなかで一番美味しく温かかった。まるで、今まで家で辛かった私をこの一家が包んでくれたように。
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