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9話
「は!?お前から殴ったのか!」
「はい…ごめんなさい…。人をバカにしたように話すから、頭にきてしまって。」
帰り道、私は約束通りレオンさんに全てのことを話した。
「ケイってやつから、暴力的だとは聞いてたけどなぁ…。」
喧嘩が普通、力比べが通常のこの学校。リーダーを倒せば静かになると思っていたけれど、逆だったようだ。やはり考えが昔なだけあって、女は下に見られるのか。男女には確かに力の差がある。骨格から違うのだから。しかし、全員がそういうわけではない。男よりも強い女なんていくらでもいる。今や男女の差など、全くないに等しいのではないか。そう考えていると、隣からため息が聞こえた。
「はぁ…これは差別とかじゃなくて、俺からの願いだ。俺のいないところで、そんな喧嘩するな。」
「…まるで私が、むやみやたらに喧嘩を吹っ掛けてるような言い方ですね。」
「違っ…落ち着けよ。今さっきみたいに総出で襲われちゃー勝ち目ねぇだろ。」
「レオンさんはすぐに片付けてましたけどね。」
「そ、それは、慣れてるからな。」
桜蝶一家の長とはいえ、私にはまだ経験がなさすぎる。レオンさんが言っていることは悔しいが正しい。鍛えていない私が、あんな喧嘩慣れした大勢を相手にするなど無理がある。
それから私たちは互いに黙って歩き、しばらくして桜蝶一家の家の門が見えてきた。他の家と比べて、倍以上の家の広さと庭。大きな桜の木がここから見ると、よく目立つ。その奥に見える山の木々は静かな乾いた風になびかれ、夕日により赤みがかっていた。所々にある木々の隙間から見える暗闇に、鳥達がまるで吸い寄せられていくみたいに、帰ってゆく。闇の中を行く猛獣から身を隠すために。
「…何を見てるんだ?」
「私たちは、光のある所を歩く猛獣なのだろう、と。」
「はぁ?」
私はその声を無視し、改めてレオンさんに向き合った。
「送っていただきありがとうございました。それと学校でのことも。それではまた明日。」
「お、おい待て!」
言い終わると同時にクルリと背を向け、門へ歩き出した私の肩をレオンさんが掴み、すごい勢いで向き直された。
「お前、前に俺に質問したやつあっただろ。」
前に質問したこと…。そういえば、倒れる前にしていたような。あの時は返事を聞く前に倒れてしまって、中断となってしまったのだ。正直その後、熱を出したり学校の準備があったりと色々することがあって、忘れていた。しかし、真剣な表情をしているレオンさんの手前、そんなこと口にはできない。
「『なぜあなたが父親の計画をわざと私達に聞こえるように言ったのか』という質問ですか?」
「あぁ。あん時は誤魔化そうとしてたが、お前からの質問はちゃんと答えようと思ってな。」
私は目を少し伏せた。
ケイ達にはもう一つ調べてもらったことがある。それはどういう経緯で神狼一家が月森組に潰されたのか。その時下っ端であった月森組に何をされたのか。そして、なぜ負けたのか分かった。神狼一家は、月森組を調べつくし、行動を見、信頼できるか探った。そして、月森組を仲間として間違った判断を下してしまったのだ。信頼できるとした組にはとことん甘かった神狼一家の情報は月森組に、ほとんど筒抜けだったため、あのようなことが起こったのだ。普通は相手の組を心から信頼するなんて、親しい仲でもないとありえない。それでも神狼一家はそれをやめようとしないのだ。一度地を這う思いをしたのにも関わらず、信用なる者は近くに置いている。そして、それはレオンさんも例外でない。彼もまた同様に私を信用したから、このようなことが言えるのだろう。神狼一家は裏表のない純粋な組なのだ。
「あの時の親父は月森組に勝ちたいがために目が雲ってた。いつもはアホなくらい人を騙すなんてできねぇのに。…でもいくらそのためといえど、それは神狼一家の理念に背く。桜蝶一家は、俺らと月森組と何の関係もねーところだ。知らないまま巻き込みたくなかった。ただそれだけだ。…ごめんな。」
結局巻き込んでしまったと言うように、痛々しい笑顔を浮かべるレオンさん。この人も裏表ない純粋で、それでいて真っ直ぐな人。
「レオンさん…。」
気付けば身体が動いていた。慰めたい、なんてそんな気持ちではなく、ただ彼の顔を見ると腕が伸びたのだ。そのまま、大きな背中に腕を回す。
「知っての通り、私は愛を知らずに生きてきました。それは信じることも同じです。私は人を信じることが、どのようにすることなのか分かりません。しかしレオンさんは頼ってもいい人だと思いました。それは多分、私にはないレオンさんの何かに惹かれたからでしょう。この裏世界について何も知らない私ですが、月森組よりも神狼一家と繋がれてとても感謝しております。なので、これからはそんな顔をせず、お互い迷惑をかけていきましょう?」
レオンさんは私に抱き寄せられたため、少し背中を丸くしている。そして私が話し終わるとフッと静かに笑った。
「学校一の暴力狼と言われてる俺に、簡単に腕を回すなんてな。」
「私、登校初日ですよ?そんな噂知りません。」
「普通これ聞いたら、誰でも怖がるはずだが?」
「じゃあ怖がります。」
「じゃあって。」
私は腕を外してレオンさんを見つめ、レオンさんも私を見つめ、そして笑い合った。『他人』という壁をやっと壊せた気がする。ただ暴力で解決すると思われているこの世界は、実はたくさんの思いやりから出来ている。その中にはこんな友情も溢れているのだろうか。そうであってほしいと願いに似た思いが募る。すると、
「ひゅ~、お熱いことで。」
尻上がりな口笛と共に、冷やかすような声が聞こえた。驚いて横を見ると、そこには買い物袋を大量に持ったケイが立っていた。
「ケイ!?いつからそこに?」
「ずっとっスよ。お二人が門に着いた時から。」
ニヤニヤと笑うケイに、私達は気まずい雰囲気になる。顔が熱くなるのを感じ、少し俯きながら口を開いた。
「レ、レオンさん。今日はもう遅いのでお帰りください。送っていただきありがとうございました。」
「お、おう…また明日。」
サッと背を向け帰っていくレオンさんの後ろから、ケイが冷やかしを入れる。
「今日ー、ウチに泊まってってもーいいんっスよー!」
黒く大きな影がビクッと肩を震わせたものの、まるで聞こえなかったかのように足早に帰っていった。
「全く純粋っスね~。」
「…ケイ、その大量の買い物袋、持つの大変?」
「え?そりゃそうっスけど…。」
なぜ今そんな質問をするのかという顔で首をかしげながら、ケイはそう答えた。
「私、新しい教科書がたくさんで、この鞄すごく重いのよねー。」
その言葉で私が何が言いたいか理解したケイは、うっ…と唸り首を落とした。
「もう2度と言わないんで勘弁してほしいっス。」
「あら、何のことかしら。」
フフッと笑う私に、ケイは降参の意を込めて両手を上げる。
「お人が悪いっスよ。」
「それがあなたのボスよ。諦めなさい。」
さっきとは取って変わり、ルンルンな私を見てケイはグチグチ言いながらも楽しそうだった。
「「ただいま(っス)!」」
「「おかえりなさいませ!」」
『ただいま』と言えば『おかえり』と返してくれる人がいる。自分の帰りを待っていてくれる者がいる。それがとてつもなく嬉しい。
「ボス!今日こんなことがあってですね」
「新作のお菓子ができまして、ぜひ」
「頭、初日お疲れっした!」
私よりも年上でガタイの良い人達が、まるで子供のように押し寄せた。この光景に慣れているかのようにケイは人混みの隙間を見つけ、そそくさと出てゆく。譲り合いなどなく、我先にと一斉に皆が話をする。喜びよりも騒々しいという気持ちが募るほど、賑やかだった。
「晩御飯時に皆さんの話は聞きますから、まず荷物を下ろさせてください。」
そう言ったものの、早く話がしたい人達はスッと手を出し荷物を受け取った。そして、これでいいだろうとまた一斉に口を開くのだ。これは聞かなければ終わらないだろうと悟った私は、もう誰が何を言っているのか分からない中、諦めて話を聞くことにした。先代の長も、このような思いをしたのだろうかと微笑みながら…。
小柄な男が薄暗い廊下を歩き、ある部屋の前に向かって座り込んだ。そして頭を下げて部屋の向こう側にいる相手に声を掛ける。
「ルイ様。」
「ん?」
「桜蝶一家の頭がルイ様と同じ学校に転校して参りました。」
「今日だったのか。…それで?」
「登校初日でクラスリーダーを倒し、その地位につきました。」
何かを置くおとが聞こえ、その後高らかな笑い声が響く。
「アハハハハ。随分ヤンチャさんみたいだね、僕の婚約相手は。…どんなもんか、試してみようか。」
何か思い当たることがあったのか、小柄な男が顔を上げた。
「まさか、そのためにチンピラを雇ったのですか!」
「うん。」
「相手は女ですよ。やりすぎでは?」
「うん、分かってる。でも神狼一家もいるから良くないかな。それにどうせ脳のないアイツらは蝶に撒かれて負ける。これはちょっとした挨拶なんだよ。…何か文句あるか?」
「ひっ…!も、申し訳ありません。それではそのように手配して参ります。失礼します。」
小柄な男が小走りに廊下を去っていく。恐怖で震えていた彼とは反し、ルイと呼ばれた人は楽しそうに言うのであった。
「僕の籠に入れてあげるよ、蝶々さん。」
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