8人が本棚に入れています
本棚に追加
高木 康太は、自分の身体が四人分は入ってしまいそうな太さの杉に両腕をあて、腕に目を押し付け、「いち、にー、さん、しー」と声を出して数えていた。
康太が通う小学校の同級生四人と、下校後に神社近くの森でかくれんぼをして遊ぶことになり、じゃんけんに負けた康太がこうして鬼役をやっているというわけだ。
がさがさ。がさがさ。散り散りに遠ざかる音が聞こえる。
鬼から遠く。なるべく遠く。見つからないように。
「じゅうきゅう、にじゅう」
康太は顔を上げ、大声で叫んだ。
「もういいかーい」
返事は、すぐに返ってきた。
「もういいよー」
一人分の声。あの声は、松田 良夫だ。他の三人の許可は無い。だが、「まだだよー」の返事も無い。康太は、全員の準備が整ったとみなし、夕陽に照らされ黒いシルエットになった森の中へ、良夫たちを探しにいった。
この日を最後に、康太は行方不明になった。
昭和六十二年三月三十一日のことだった。
最初のコメントを投稿しよう!