生まれた村は甘くなかった

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生まれた村は甘くなかった

 ―――味がうすいなあ。  欠けた茶碗でごはんを食べていたリュリュナは、無意識にそう思って、はたと手を止めた。 「ねーちゃ、ちょーらい」 「こぉら、やめなさい。リュリュナも、しっかり食べなさい」 「あ……うん……」  しゃべりはじめたばかりの弟が茶碗を狙っているのにも気が付かず、母のいさめる声に生返事を返したリュリュナはぼんやりと考える。  どうして、味がうすいなんて思ったのだろうか、とリュリュナは弟の手から茶碗を取り返して、なかに入っているどろどろの草粥をすすった。  やはり、味がない。いや、そばの香りとわずかな塩気しか、感じられず、物足りなかった。  粥と言っても、米の粥ではない。山の谷あいにあるこの村では、米を作るような土地はない。わずかな土地で作ったそばの実を煮て作ったそば粥だ。  おかずはなく、粥といっしょに煮込まれた野草だけがいろどりを添えている。  これが、リュリュナのいつもの朝ごはんだ。生まれてこのかた五年間、ずっとそのはずだ。  ―――でも、あたしのいつもの朝食はサラダと目玉焼きと、ふんわり焼いたトーストだった……。  いま目の前にある事実と、リュリュナのなかにある思い出が、頭のなかでまじりあう。    ―――サラダには胡麻ドレッシングをかけて、目玉焼きにはお醤油をかけてたもの。トーストにはマーガリンといちごのジャムを半分ずつ。飲み物はミルクたっぷりの紅茶で、食べ終わったら鞄を持って行ってきます、って学校へ……。  みずみずしい生野菜など、今生で食べた記憶はない。この村にある調味料はせいぜい塩くらいで、ドレッシングなんてリュリュナは知らない。  卵を産む鶏なんておらず、醤油は行商の老人がごくまれに持ってきてくれるものをお祭りのときにひと舐めするくらい。パンなんて見たことがないし、こってりとしたマーガリンの塩気も甘い甘いジャムのとろけるような味も、温かく香り高い紅茶もほんのりと甘い牛乳も、リュリュナは知らないはずだった。  それなのに。  ―――あたし、知ってる。  知らないはずの記憶をリュリュナは持っていた。  ―――高校生だったころの記憶、日本人だったときの思い出。あたし、持ってる……!  かつん、とリュリュナの手から古びた木のさじが転げ落ちた。  けれど、それにも気が付かず、リュリュナは自身のなかに眠っていた記憶を拾い上げていた。  日本の女子高生として生まれ、育ち、平和におだやかに暮らした記憶。それがどこで途切れたのかはあやふやでわからなかったけれど、ただ、今世では持ち得ない鮮やかな記憶に触れて固まっていた。 「リュリュナ、どうしたの。具合がわるいの?」  はっ、と気が付いたリュリュナが顔をあげれば、心配そうな母と目が合った。  リュリュナと同じ緑の髪に、そこから飛び出る下がりぎみのとがり耳。  その横では、弟のルトゥが同じく心配げに、頭に生えたうさぎ耳を垂れさせていた。 「ううん、なんでもないよ」  言いながらも、リュリュナの目は家族の耳に向いていた。  ―――ケモ耳、エルフ耳……。  母と弟だけではない。父親はくまのような耳と尻尾まで生えているし、村人には角が生えたひとやするどい爪があるひと、部分的にだが鱗のあるひとがいることもリュリュナは知っていた。 「えへへ、ちょっとねぼけちゃったのかな」  そう言って笑うリュリュナのくちにも、日本ではありえなかった鋭い牙が光っていた。八重歯をさらに鋭くしたような、ちいさなちいさな牙だ。  ―――これって、やっぱり異世界に転生しちゃってるんだよね。  ごまかし笑いをしながら、リュリュナは静かに混乱していた。  ―――人外しかいない山奥に転生なんて、誰得なのよぉぉぉぉ!!!!  心のなかで叫ぶリュリュナのよこでは、二度目の茶碗の奪取に成功したルトゥが幸せそうにそば粥をほおばっていた。
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