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 幼い弟を抱えたリュリュナは、チギたちが遅れていないか確かめながら斜面を登っていく。  一歩踏み出すごとに、すり切れた草履のうえで足がすべりそうになる。リュリュナは途中で足を止め、抱えていたルトゥをおろして手を繋いで歩いた。  険しいが、慣れた道だ。誰かが文句を言うでもなく、リュリュナたちは斜面を登った。  そして、しばらく歩いてたどりついた、村長宅前のちいさな広場で足を止め、リュリュナは登ってきた道を振り返った。  染みるような緑に包まれた村が、一望できた。  村長の家は、村でいちばん高いところにある。それよりうえには、村で大切にされている巨岩と山の木々しかない。  それほど高い場所から見下ろすと、谷の斜面に沿ってぽつりぽつりと建つ家々が見渡せた。遠く、谷の底にあるわずかな平地に散らばるごま粒のような人影は、農作業をするおとなたちだろう。  のどかな、けれども日本での暮らしを思い出してしまったリュリュナには、あまりにも貧しい村だった。   「どうした、リュリュ。ぼけっとして」 「どした?」 「どちた?」  幼い声にはっと我にかえると、チギとカモイ、それにルトゥまでが眉を寄せてリュリュナの顔をのぞきこんでいた。  ちいさい子たちに心配をかけたことを恥じて、リュリュナはにっこり笑う。 「ううん、お母さん、見えるかなあって思っただけ。さ、行こう」  笑顔でうながして、開け放してある村長の家に向かう。   「村長さん、こんにちは!」  開け放してある玄関に向かって声をかけながら敷居をまたげば、わっと耳にせまる子どもたちの声。  勝手知ったるなんとやらで、リュリュナたちは返事を待たずに奥へと進んだ。  土間になっている玄関兼台所の向こうの部屋に、走り回るちいさな子どもたちと、それを眺める村長の姿が見える。嫁の来るあてのない四十代の男だ。 「おはようございます、村長さん」 「あーよ」 「おっす」 「おはよー」  リュリュナ、ルトゥ、チギ、カモイの順にあいさつをしながら土間からあがりこめば、振り向いた 村長がしょぼくれていた目を輝かせた。独身の彼には、子どもの世話は大変らしい。 「おお、よく来た。すまんが、この小さい子たちをなんとか鎮めてもらえんか」 「えぇー」  村長のすがるような頼みに、チギがくちをとがらせる。リュリュナも昨日までであれば、めんどうに思っていただろう。だが、今日からは違う。 「いいですよ」  にっこり笑って引き受ければ「えっ」「ええー」と、村長とチギが驚きの声をあげた。チギはともかく、村長は頼んでおきながら失礼ではないだろうか。などと思いつつも、リュリュナは道中で考えていた言い訳をくちにする。 「だって、あたしここでは一番お姉ちゃんだし」  言い訳と言いつつも、それは紛れもない事実だ。村長の家に集まる子どものなかで五歳のリュリュナは年長になる。村にいる一番年の近いお姉さんで、確か八歳。その年になると畑仕事や家での仕事を手伝えるため、村長の家には集まらない。  なので、高校生らしくとまではいかなくとも、お姉さんらしく振舞わねば、と思ったリュリュナの発言に、目を輝かせたのがチギだ。 「そうだ、おれも一番お兄ちゃんなんだった! よし、ちびども! 兄ちゃんが遊んでやるぞー!!」  はりきって声をあげるチギに、自由に遊んでいた小さい子たちが群がる。 「なにー?」 「チギ、にぃちゃ?」 「あそぼ」 「あしょぼ」  活発な子たちに囲まれ期待のまなざしで見上げられたチギは、おおいに張り切っている。 「いよっし! そんじゃあ、庭で遊ぶぞ!」  にっかり笑ったチギを先頭に、子どもたちの群れが移動していく。なんの遊びをするのだろう、とリュリュナがくっついて行ってのぞけば、地面に描いた円に石を投げる遊びらしい。  チギもすこしは考えているらしく、小さい子を円の一方に集めて石を渡している。反対側に立つ子がいないように気を配っているから、けがもしないだろう。 「じゃあ、あたしたちは何しようかなあ」  村長の家に戻ったリュリュナは、残っていた小さい子たちに声をかけた。  ここに残っているのは、室内遊びを好むおとなしい子や、まだ自分で歩けない子ばかりだ。チギの妹であるカモイも残っている。赤子は背負って畑に連れていくため、ここにはいない。 「村長さん、布の切れ端ないですか?」  やれやれ、と腰を下ろしたばかりの村長にリュリュナが声をかければ、村長は部屋の隅にある行李を指さした。 「そこに何か入っとるだろうよ。好きに使ってくれ」 「はーい」  喜んで返事をして、リュリュナは遠慮なく行李を開ける。村人はみな家族のようなものだから、気安いものだ。  ごそごそと行李をさぐったリュリュナは、ほどなくして色のついた布切れを数本、見つけて幼い子どもたちのもとへ戻った 「みんな、好きな色のやつ一枚ずつえらんでー」  そう言ってリュリュナが布を並べれば、子どもたちは興味を持ったらしく、おとなしいながらも布の周りで円を作った。   「あたし、これ!」  はじめに選んだのは、カモイだった。カモイが持ち上げた布を受け取ると、リュリュナは子どもの手のひらほどのその布をぴりぴりと裂いた。 「あっ」 「だいじょうぶ、見ていて」  驚いて声をあげるカモイをなだめて、布一枚を細く裂き終えたリュリュナは、裂いた布をつないで三本の紐をつくった。それを三つ編みの要領で組みあげて、一本の紐にする。 「ほら、きれいな紐になったでしょ。髪の毛、結んであげる。髪が短い子は、手首につけたげる」  リュリュナが出来上がった紐を見せて言えば、小さい子たちは目を輝かせた。 「すごい! すごい!」 「つぎ、あたしの。あたしの!」 「あたしも!」  子どもたちが歓声を上げて布を選びはじめる。互いに半分ずつ布を交換したらどうか、など楽し気な声を聞きながらカモイの髪を編み込みしていたリュリュナに、長老がにじり寄ってきた。   リュリュナの手元をのぞいた長老が、感心したように息をつく。 「ほほう~、器用なもんだな」 「せっかく長い髪だから、かわいくしたほうがいいと思って」  長老とリュリュナが話しているあいだ、髪を結ばれているカモイはうれしそうに待っている。  そこへ、たたっと軽い足音をたてて誰かが駆けこんできた。 「村長、腹減ったあ」  そう言ったのは、腹に片手を当てたチギだった。すぐさま村長に「まだ早いわ」と返されたチギだったが、なぜかリュリュナの手元をじっと見つめて動かない。  すこし考えて、その理由にぴんときたリュリュナはチギににこりと笑いかけた。 「カモイ、かわいいでしょ。チギも長かったら、結んであげるのに」  冗談で言ってみると、チギは短い自分の髪をひとなでして「わかった」とうなずいてまた外に駆けていった。
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