高校生編 1話 変な関係のはじまり

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 始まりは1ヶ月前。わたしの家、見事に古い旧式アパートの前に、見慣れぬ高級そうな自転車が停めてあった。  鉄筋の階段をカンカンと音立てて上がった我が家203号室。そのドア前に、浮きまくりな有名進学校の制服をピッチリと隙なく着こなした如月物産の御曹子、浩太郎が立っていた。 「は?」  二度見したよね。んで一回自分の目をゴシゴシ擦って瞬きしてから、もっかい言ったよね。 「はっ?」 「葉月ちゃん」  呼ばれてビックリ。声変わりしてるっ……てのが最初で、その後すぐにゾクゾクッとした。懐かしさだとは思うんだけどね。だって、わたしの名前を「ちゃん」付けで呼ぶヤツなんて、今まわりにいない。  幼稚園、小学校とずっと可愛い王子様だった浩太郎は、さすがに高校生になって骨格が男らしく、顔つきもシャープになり、ビックリするくらいカッコよくなっていた。  んで驚きすぎたのと、なんか今の自分の姿を見られてる恥ずかしさからか、「久しぶり」って言おうとしたのに「なんで?」と、つっけんどん増し増しな言葉を出してしまった。 「葉月ちゃんしか、頼れる人いなくて……」  なにかしらの告白ではなかったようだ。まあそうだろうけども。ちょっとだけ、焦ってしまったではないか。  今でも浩太郎の中でわたしは姉御的な存在なんだろうな。優柔不断で慎重な浩太郎を、大雑把で無鉄砲なわたしがリードしてあげてた大半はメチャクチャな結果だったろうに、記憶の良いとこ取りですんでるようだ。 「悩みあんの?」 「うん……ちょっと、ここでは……」  そう言って、チラッと我が家の木目調シートレベルのペラペラなドアを見ている。  ちょっとめんどくさいと思った。けどまあ、わたしも最近彼氏と別れたばかりでいじけてたから、気分転換にプチ同窓会でもしよっかな、と軽い気持ちで家の鍵を取り出し、中に入れた。  玄関入ってキッチン通過してリビングの部屋の右側の襖パッカーンと開けたら、もうそこがわたしの城。脱ぎ散らかした服や、雑誌や化粧品なんかの過剰なデコレーションはあるけども。 「どこでも好きに座ってどーぞ」  と、足でザザッとその辺のものをどかして床面積を確保する。  半ば呆気に取られている浩太郎だけど、境界線を飛び越えてきたのはそっちだぞ。あんたの家のクローゼットのほうが綺麗で広いんだろな、とこっちもこっちでヤケクソだ。 「んで、何?」  ボフンとベッドに腰掛けながら聞くと、「お邪魔します」と小さく呟いて、浩太郎は床に正座して顔を上げた。 (……めっちゃイケメン……)  よく心の声が漏れなかったよ。てか反則だろ。なにこの綺麗な顔っ、キューティクルに愛された髪っ。なんで色付きリップのわたしよりぷるんと赤い唇なんっ?! そんでマスカラで20分かけて仕上げたわたしよりも、なんでそんなにクルンと美しくカールした睫毛なんっ?! 「実は、高校入ってからストレスで……辛くて」 「え?」  浩太郎はコクンと頷く。 「自分でもプレッシャーで、だとはわかってるんだ。だからやるべきことはやって、学業もスポーツも、塾も、すべてちゃんとこなしてきてるんだけど」 「はーぁ、相変わらず大変だね、アンタん()って」  昔から習い事のオンパレードだった。風の便りに、ゆったり育てたい母親と、英才教育を敢行したい父親との狭間、というか間を取っていた幼稚園時期でさえ、なかなかで。しかも勉強だけだと脳は育たないと、スポーツにも力を入れさせられていた彼はほんとに、ストレス社会の代表みたいなもんだと思う。 「実はこのあとも塾なんだけど」 「え? そうなの?」  わたしはこれからご飯食べて風呂入って夜遊びタイムがスケジュールだったのに。 「ほんと、大変だね。そりゃストレスなるわ」 「ありがと葉月ちゃん。僕のことそう言ってくれるの葉月ちゃんだけだよ」 「うーん。絵にかいたような真面目な跡継ぎ求められてんだもんねー」 「そう、それ!」  浩太郎は前のめりに叫んだ。 「すごい人の目が気になって辛いんだ。したいことも出来ない、やりたいことも出来ない。息苦しくて……」  本当に辛そうに、綺麗な眉をしかめて青ざめた表情をしている。  まったく想像も出来ないほどのストレスを背負ってるんだろな。わたしなんて今最大の悩みっていったら、彼氏と別れてさみしーぃ、ぐらいのもんなんだから。 「かわいそーに」  ポロっと呟くと、何故か浩太郎はガバッとわたしの座るベッドに両手をついて中腰状態で顔を近付けてきた。 「そ、それだよそれ!」 「え? え? なに?!」  突如ドアップになった正統派イケメンの顔面にビビって仰け反るも、浩太郎のほうはまったく気にもなってないのか、もうひと押しとばかりにググッと寄せてきた。 「葉月ちゃんの、僕をそうやって憐れむ目が、欲しかったんだっ」  意味がわからん。  わたしの目は、明らかに点になって呆けていただろうに、構わず浩太郎は急いたように続ける。 「みんな僕のことを、まるで宇宙人でも見るかのように、人ではないように見てくる、それが辛い。だけど葉月ちゃんは昔から僕のことを、眉間に皺よせて、厄介な奴とか面倒な奴とか駄々もれの視線で見てくれてた」  ……どうやら昔のわたしは、随分失礼な奴という印象で固定されてはいたらしい。前言撤回、いい思い出だけではなかったようだ……。 「それでね……」  浩太郎が急に腰を降ろしてモジモジしはじめた。ようやく本題に入るようだ。 「葉月ちゃんにお願いがあるんだ」 「ほほう? 言ってみな」  わたしは気分良く、足と腕を組んで背筋を伸ばした。 「僕ね……ストレス発散には、禁止されてるようなイケナイことを、するってのが効果的だと思っててね」 「おーなるほど?」 「男女交際も、性行為も、興味あるんだけど、父に結婚するまで禁止だと言われてね」 「え? 厳しっ!!」 「だけど、その、性行為は、すごく、気持ちよくてストレスなんてどーでも良くなるって情報を手に入れてから、もう勉強が手につかなくて」 「はぁ……」 「葉月ちゃん、お願いできるかな?」 「……は?」  しばし見つめあうこと5分。まったく空気を察しない浩太郎に、こっちが痺れを切らした。 「浩太郎」 「ありがとう」 「いやいやいや、言ってない。わたしはオッケーとは言ってないっ」 「えっ……駄目、なの?」  フルフルと小鹿のように震えて驚いてみせているが、こっちが驚くわっ。 「ダメに決まってんじゃん! エッチは誰とでもしていいって訳じゃないよ」  浩太郎は少しむくれている。 「だけど聞いたよ、葉月ちゃん高校生になってからいっぱい男女交際していっぱい性行為してるって」  誰じゃーーっ!! そしてどんなデマじゃ!! 「あのねっ、わたしまだ彼氏3人しか出来てないしっ」 「3人も……」  愕然としている浩太郎に、こっちも呆然となる。  そ、そうか、浩太郎にとっては3人は“いっぱい”なのか……。浩太郎が本領発揮したら一桁どころの騒ぎじゃないだろうに……イケメンの持ち腐れだな。  ショボーンと見るからに、いや、見せつけるかのように萎れた浩太郎を眺めていること10分。まったくもって、諦めて退散する気のないほんとにまったく空気の読めない浩太郎に、再び痺れを切らして、うっかり呟いた。 「わかったわかった。じゃあ、交際しないし、エッチもしないけど、イケナイことをしてやろう」 「えっ?! 本当に?!」  浩太郎がムクムクと上体を再び起こして、キラキラの瞳搭載で顔を近付けてきた。  再び仰け反る形で、でもしっかり主導権を握るべく言い聞かせた。 「わたしの言うことは、ちゃーんと守ってくれるならねっ。あとわたし、ビッチじゃないから浩太郎とはエッチしないからねっ」
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