295人が本棚に入れています
本棚に追加
少し、浩太郎が揺らいだように感じた。いや、近づいた。ひとり分の隙間があったはずの、見えないバリアが解かれて、浩太郎がするりと距離を詰めてきた。
偶然あたったと思われた小指同士。わたしの右手の小指と、浩太郎の左手の小指の外側が、くっついたまま剥がれない。
トクトクトクと心臓がやけに主張して音をたてる。離れなきゃ、美羽が戻ってきてしまう、と思うのに、指先どころか身体が凍ったように固まってしまって。
こんなに意識すんの、おかしいじゃん。たまたま指先当たったぐらいで、なにドギマギしてるんだか。そう思うのに、すべての神経が一ヶ所へ向かってしまっている。
浩太郎は、気にならないんだろうか。指当たってるの、なんとも思わない?
こっちは一応、彼氏がいることになってるんだけど。なんだったらお互い別々のペアだった者同士なのに。こんな、誤解を取られそうな距離感、怖くないの?
頭がこんがらがってきて、ほんとに早く誰か戻ってこいと願ったのに。
浩太郎の小指が、わたしの小指に絡まった。小さく、キュッと握られて、なぜだか瞳にブワッと込み上げそうなものがあった。
「嫌、だったら、言ってね」
ポツリと溢す浩太郎の台詞が、理解できない。嫌だなんて、ちっとも思えない自分も、理解できない。
「僕、もう、辛くてどうしたらいいか、わからないんだ」
ハッとして、浩太郎の横顔を見た。何が、と聞こうとしたところで視界の先に駆けてくる美羽の姿が飛び込んで、一気に血の気がひく。
わたしから小指をほどいてベンチから立ち上がった。
「ごめんねっ、遅くなっちゃった。あれ、本田さんは?」
美羽は若干こわばった表情で周囲を見渡す。
「電話かかってきて、あっちのほう、あ、戻ってきたよ」
指差そうと思ったけど、震える指が出せずに引っ込めた。まだ、熱を持ったように右手がいうことをきかない。
「やー参った、新人のバイトがやらかしたってよぉ。オレに言われてもだぜ……」
ヒロ君もヒロ君で、テンションがだだ下がっている。
怖くて見ることができないが、浩太郎も何も発する気もなく静かなままで。
なんとなく、そのまま自然にお開きになった……。
その場で浩太郎と美羽とは別れて、ヒロ君と駅まで向かう。
「なんか、ごめん。めっちゃめんどくさいことお願いしたよね」
「おー、へーきへーき。新しいデートの形に出会った的な」
そう言ってニシシと笑うヒロ君には、もうこの先も頭が上がらない。
「だけどさ」
ひと笑い終えるとヒロ君は改まったように表情を神妙にしてみせた。
「今日のはデートっていうより、牽制じゃねーのかな」
「え?」
思いもよらない単語に、頭がはてなマークで埋まる。
「あの子、美羽ちゃん? オレ達、っていうかハヅキを意識しまくってたぞ」
「……美羽が? え、なんであんなお嬢様がわたしを意識すんの?」
逆だ。わたしのほうが美羽に対して、劣等感だらけの感情を持っていて、だから見栄なんか張っちゃって、こんなことになってるのに。
「いやオレもなんとなくそう思えちゃっただけだから、わかんねーけど、」
そう言って天を見上げて首を捻る。
「とにかく、浩太郎君と仲いいところを、見せたかっただけのよーな気がする」
最初のコメントを投稿しよう!