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高校生編 19話 今も昔も
本性出しやがった。
いや、わたしが記憶から抹消しようとしてた過去に、確かに存在していた、この絶対相容れない存在である美羽は。
思い出したくなかった過去の思い出が、封印を解かれたかのようにブワーッと噴き出てくる。
わたしんちは、今は片親かつボロアパートだけど、小学校低学年まではわりと裕福だったし父親もいた。
“バブリが丘”と地域住民が揶揄して呼ぶ、金持ち達の邸が建ち並ぶ丘に、はじっこのほうだけど我が家もあった。
幼稚園から一緒だった美羽と浩太郎ともよく遊んでいたし、それぞれの誕生会も招待しあっていた。
小学校に上がってから、美羽の浩太郎への好き好きアピールは、誰の目にも明らかだったし、わたしはまだそういうのに興味もなくて男女関係なしにワイワイ遊ぶのが好きなだけで。それで各々楽しくやっていた。
わたしが察するに、ふたりっきりで仲を深めようとする美羽よりも、みんなでワイワイ能天気に遊ぶわたしを、小学生男子だった当時の浩太郎が無意識に選んだと思うんだ。その頃からやたら浩太郎が「葉月ちゃん、葉月ちゃん」と絡んでくるようになった。そうなると美羽も面白くないだろう。わたしも当時、それがちょっと優越感でもあったし。
そんな時に、我が家は激変した。
父が病に倒れた。若かった為、進行が早くすでに手遅れの状態だった。さらに、父の会社のほうも傾く。やり手すぎてワンマンだった経営のせいで、父の仕事をまるごと引き受けられる者が育っていなかった。色々なことがあっと言う間に消えてなくなった。
父が亡くなって、バブリが丘から転げ落ちるように今のボロアパートへ。そしてバブリが丘の友達から誕生会に誘われることはなくなっていった。
それでも最後まで呼んでくれていたのが、浩太郎だった。
そういったことが、まるごとすべてひっくるめて、美羽にはたまらなかったんだろう。
小学校4年生の時、浩太郎の誕生会に呼ばれたわたしを、浩太郎の家の前で美羽は待ち伏せしていた、他のバブリが丘のメンバーと。
「信じらんない。まだ来るの?」
美羽は、ゴミでも見るような目付きで睨む。わたしもそれにカチンときて言い返す。
「浩太郎が来てくれって言うから来た」
「手ぶらで? そんな着古した格好で? やめてくれない? ハイエナみたい」
小学生だった当時にしたら、なかなかのボロクソに言われて、勝ち気なわたしもさすがにものすごーくショックを受けた。それでも、引く気はなかった。美羽達がなんと言おうと、浩太郎が呼んでくれていることは事実なのだから。
「別に、プレゼントなくても、服がなんでも、誕生日を祝う気持ちはみんなと一緒なんだけど」
そう言うと、みんなの剣呑な目付きは少し怯んだ、美羽以外は。
「やめてっ、あんたなんかと一緒にしないでっ」
吐き捨てるようにそう言うと、ズカズカと目の前までやってきた。
「いい? 浩太郎君はあんたの犬じゃないのっ。どの立場で命令してんだかっ」
「……はっ?」
意味不明で、わたしも浩太郎を犬だなんて思ったことがないのだが、随分な言いぐさだなと、呆気に取られた。
「とにかく葉月ちゃんは、もうこれ以上浩太郎君の家には入り込まないで。浩太郎君パパも迷惑してるって言ってたんだから」
「えっ」
ズキッと心臓が痛む。予想外のことに、さっきまでの勢いが萎んでいってしまう。
それに気付いたのか、美羽は、フンッと嬉しそうに笑う。
「浩太郎君に、友達関係を改めなさいって言ったみたいよ。葉月ちゃんがこの家をウロチョロしてたら、迷惑だもんね」
その後の記憶はない。ブツッと紐が引きちぎれたかのように。
とにかく、相当のショックを受けたのは確かで。あの頃の、小学校後半の思い出はもうボロボロだ。
浩太郎はそれでもわたしに気を揉んでくれていた感じがするけど、わたしのほうが辛くなって逃げるようになった。避けて避けて避けて、とにかく交わらないようにと。
悔しかった。父と浩太郎のパパはわりと交流を持っていて、幼稚園の運動会などのイベントとかでも、談笑している姿をよく見ていた。なのに、父の葬式の時来なかったのは、そういうことだったのかな、とか。バブリが丘から転げ落ちた家庭なんて、友達でも知り合いでもないのか、とか。変にそういうことが美羽の言葉と結び付いて、悔しくて悲しくて、もう関わりたくないと心に決めたのだ。
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