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そんな事を思い出して、思わず舌打ちしそうになる。
バカだった。だからわたしは浩太郎を好きになることが嫌だったのに。過去に蓋して自分を守ってきたつもりが、肝心のことを忘れて、再びあのドロついた世界に突入しようとしていた。
ファストフード店で睨み合うように向かい合って座る美羽に、意識を戻す。
美羽は、少し気を緩めたようにやっとドリンクのストローを持ち、クルクルとかき混ぜた。
「私、これでもだいぶ譲歩してるの。昔みたいに感情ぶつけるだけじゃ駄目だって。浩太郎君にふさわしくある為に、もっと建設的にいこうと思ってるのよ」
「建設的?」
「そうよ。葉月ちゃんはいいわよね、わりと可愛い顔してるし、昔から好きなように適当にやってても浩太郎君に嫌われないし。私なんか、地味顔だからちょっとずつ整形してみたり、好き好きアピールしたけど、全然手応えなかった」
「え、え、え?」
美羽の突然の告白諸々にうろたえるしかなかったが、美羽はキッと睨んできた。
「褒めてないからねっ。葉月ちゃんみたいな穢れた人に、近づいて欲しくないってこと言ってるんだからねっ」
「穢れてるって、ちょっと、何よそれっ」
「とにかく、浩太郎君の夢を壊さないでほしい。彼がどれだけ必死に勉強してるかわかってないでしょっ! その汚れた手で惑わされて、成績が落ちて、お父様と喧嘩になって、葉月ちゃんが関わるとほんとろくなことになんないっ!」
「……」
言い返せなかった。浩太郎の成績が落ちたのは、間違いなく、あの日々のせいだろう。健全だった浩太郎には、毒すぎた、いや効きすぎた。彼じゃなくてもあんなことに夢中になってたら、そりゃ勉強が頭に入らないだろう。
「わかった」
「え?」
今度は、美羽のほうが目を瞬かせた。わたしが真っ直ぐ彼女を見つめる。
「もう会わない。浩太郎にも、美羽にも、懲り懲りなんだよこっちは」
美羽も睨み付けてきた。構わず続ける。
「言っとくけど、寄ってきたのはそっちなんだからね。そんなに悔しけりゃ、浩太郎に首輪でもなんでもつけたらいい」
勢い良く立ち上がって、上から見下ろすと、整形とはいえ美少女な美羽の睨みはなかなかの迫力だったが、鼻で笑ってやった。
「それじゃ、せいぜい飼い犬に逃げられないように、がんばってねー」
ヒラヒラと手を振って、わたしは店の出口に向かってゆっくり歩いた。
追ってはこない。それにホッとしつつもそのまま店を出て商店街を進む。いくつの店舗を通りすぎたか、わたしの足はだんだん早歩きに、そして気づけば全速力で駆けていた。
グルグル渦巻く気持ち悪い感情を、どう吐き出せばいいのかわからない。
小学生だった頃の自分の敵を討ちたくて、強がってスッキリさせたはずなのに心は軋んで。
ほんとはそんなこと思ってないのに。犬とか、首輪とか、嘘でも美羽に押し付けるような言い方なんてして。そんなこと、ひとっつも望んでないのに。
ああもう、これだよ。こんな嫌な感情生まれるから逃げて避けて、のらりくらりとアホに過ごしてきたのに。
浩太郎、なんで現れたの。あんたがひょっこり現れてから、わたしの日常はぐちゃぐちゃだ。
平穏なわたしの日々を返せっ。わたしの頭の中をあんたでいっぱいにしないで。身体に残る熱も感触も跡形もなく消して。
わたしを、あんたの体温も唇の柔らかさも四肢の硬さも甘い吐息も、全部知らなかった頃に戻して。
ああ、どうしようもないくらいに、浩太郎のことが好きになってしまってるよ。
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