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社会人編 2話 再会と接待
「えっ……! ええっ?!」
場所も状況もすっ飛んで、悲鳴じみた声を発してしまった。
ビックリしたように社長も尊さんも、浩太郎の横に座る眼鏡の男性もこちらを見上げてきた。
だけどひとり浩太郎だけは、軽く瞳を見開いたもののフワッと微笑んでいる。
「どうしたんだ、はづきちゃん。知り合いかい?」
社長は怒るでもなく不思議そうに、わたしと浩太郎を見比べている。
「え、えっと……いや、あの……」
どう説明したらいいんだろう。ちょっととりあえず脳内パニックでなにも浮かばない。
だけど視線は逸らせず釘付けで。信じられないものを見た、というのもあるし。懐かしさと切なさもあるし、込み上げてくる熱い血潮の感覚すら覚える。
相変わらず綺麗だった。少し痩せて色白に磨きがかかっているような気もしないではないが、大きなアーモンド型の瞳やその透明度、スッキリとした鼻筋と唇。あまりにも“浩太郎”が健在すぎて、胸がギュッと痛む。
「彼女、大村さんは僕と幼馴染で、小学校まで一緒だったんですよ」
こともなげにサラッと浩太郎が、わたしの代わりに答えた。
そう、それだ。完璧な答え。少し、懐かしささえ感じるセリフだ。あの時は、ヒヤヒヤしながら聞いたその言葉に、今は安堵する。それ以上でもそれ以下でもない関係を見事にあらわしている。
だけど、どこか軋むこの感覚は……。
振り払うように、頭を縦にブンブンと振った。
「そ、そうなんですっ。いやービックリしたー」
いつもの調子で言うと、「そうかそうか」と社長も笑った。
「じゃあ、後で時間を作ろう。久しぶりな再会、積もる話もあるだろう?」
「え」
(いやいやいや社長ーっ! 変に気を回さないでーぇっ! なにも積もってないですからっ! 地獄絵図しか浮かびませんからーぁ!)
だがしかし、社長は嫌になるほど気がきく人なのだ。なおかつ、あちらの客人2人も断らなかった為、仕事終わってから一旦解散したものの、社長行きつけの居酒屋で再度合流することとなってしまった。
いわゆるこれは、接待みたいなものだろうか。わたし、今、浩太郎にビール注いでるんですけどっ。
「いやー、それにしても、2人とも若いのに立派なもんだっ」
社長の、まだ飲み始まってもないのに上機嫌で愉快そうな声が響き渡る。
その声を浴びつつ手元に集中するも、カツカツカツツツッとビール瓶の先が浩太郎の持つグラスで変にリズミカルな音を繰り出しやがる。
手のひらは汗ビッショリだ。色んな緊張すべてがこの手にのしかかっている。
「ありがと」
微かに浩太郎が囁く。フッと視線が絡む。ヤツは微笑む。わたしは滝汗。
逃げるように位置を変え、名前は難波さんと言っていたその人のグラスへビールを注いだ。
社長と尊さんのグラスには、尊さんがササッと注いでくれていたので、わたしもササッと尊さんの横の席に戻った。
「2人とも、まだ現役の大学生だなんて、大変だろう」
社長はニコニコと浩太郎達を褒め称える。
「いえ、むしろ今が頑張り時なので」
浩太郎も笑顔で応える。
わたしは会議の場にはいなかったので、ざっくりと社長から聞いただけなんだけど、浩太郎達は仲間数人で会社を立ち上げたらしい。
ひょっとしたら、如月物産の子会社的なものなのか、それとは別の単体なのかは知らないけど、建築やデザインに関わる仕事を、浩太郎が始めたことが意外すぎだった。
てっきりヤツは、父親の会社を引き継ぐ為にせっせと勉強しているものだと思ったけれど。これもその一環なのだろうか。
「私はねえ、こうやって若者がお互いもり立てあって頑張るっという姿勢が大好きでね、応援するよ」
「ありがとうございます。永塩工務店さんが協力してくれるとなって、とても心強く思っています」
浩太郎は正座になり社長に向かって頭を深く下げた。
「如月君、今は堅苦しいのは抜きにしよう。さあ、どんどん食べていこう」
テーブルには社長が頼みすぎたと思われる多種多様の料理が、ところ狭しと並べられていく。
わたしはこういう時、遠慮というものを知らずにいくタチなので、さっそく箸を伸ばしていく。味覚がおこちゃまなもんで、まずは竜田揚げを一番狙いに。そりゃもう食べるしかない。テーブルの上の料理を見てれば、視線を上げなくていいんだから。
「ところで如月君。はづきちゃんはどんな子だったんだい?」
「ぐふぉっ!」
竜田揚げが分裂おこしてピョンとテーブルの向こうに飛んだ。斜め前に座っていた難波さんもビックリして飛び避けた。
真横の尊さんが「すみませんっ」と謝りながらテーブルを拭いてくれている。ほんと、今、口開けれないけど心の中ですんませんっ。
チラリと浩太郎を見ると、にこやかに微笑んでいる。こわいこわい。頼むから変なこと言い出さないでくれっ。
「変わらないですよ。子供の頃から元気な人でした」
「そーかそーか。はづきちゃんはうちの会社でもムードメーカなんだよ」
かっかっかっと愉快そうに笑う社長に、浩太郎も笑顔を向けている。
「あと、小学生ながらも頼もしくて、よく彼女の後ろをついてまわってました」
「へーえ。やるなあ、はづきちゃん。こんな色男を従えて闊歩しとったかっ」
いやもうやめて社長。想像がダイナミックに確変されてるよそれきっと。
「してませんってばっ」
「だけど、どうだい? こうやってお互い大人になっての再会は。運命のようじゃないか」
かっかっかっと豪快に笑う社長に、まったく裏も表もない。本当に素直にそう思って口にしてるだけなのを知っている。
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