270人が本棚に入れています
本棚に追加
「散らかっていて申し訳ないです。どうぞこちらへ」
ダイニングテーブルの横にはちょっとしたカフェ店のようなテーブルと椅子が4脚あり、小さな花まで花瓶に入って飾られていた。
そこに座ると、先ほどの女性がコーヒーを持ってきてくれたのだが、そのカップソーサーも華やかでお洒落だった。
「素敵な事務所ですね」
尊さんが辺りを見渡して感嘆の声をあげる。わたしもそう思った。
外観の鉄筋の団地イメージとは程遠い内装だ。見渡して目に入る家具もいちいちお洒落で、事務所感丸出しの永塩工務店の映像が、何故かあえてよみがえる。
「ありがとうございます。これらも商品なんですよ。学生や若手の職人さんのものなんです。内装もいじってもらったりして、ショールームみたいなのをイメージしました」
「なるほど。実際、実物を置いたり他と合わせたりしないとってこともありますもんね」
「そうなんです」
浩太郎と尊さんは話が弾み出したようで、次々とあれはどう、とかそれはこう、と家具ひとつひとつに盛り上がっている。
わたしもそれにつられて部屋を見渡したり家具を見たりしていたけど、ふとダイニングテーブル向こうのキッチンに立つ彼女の姿に釘付けになる。
明るめの髪をふわりとゆるくひとつに編み込んだ彼女は、一目見て華やかな女性だった。派手ではなくて、華やか。微笑みながら、まるで鼻歌でも歌ってるかのように楽しそうにキッチンに立っている。
浩太郎の、彼女だろうか。
いや、仕事仲間という可能性のほうが高い。でも、彼女の雰囲気とこの場所の雰囲気はとてもマッチしていて、彼女が生活している場所とも言えるくらい。
……いや、余計な詮索だ、なに考えちゃってんだろ、わたし。
「あ、大村さん、キッチンに興味あります?」
難波さんにそう声をかけられてギョッとしてしまった。
「え、あ……」
見すぎだったか。
勝手に顔が火照りだす。
「見ます? いきましょ」
難波さんが席を立ってしまった。横の浩太郎に視線を投げて、浩太郎もチラリとわたしを見てきた。
「どうぞ、ぜひ」
ニコリと、微笑まれた。そしてすぐ、視線を裁ち切るように尊さんと話を続ける。
すぐに立ち上がれなくて。その体の重さは、わたしの心にヒビが入ったからだと、なんとなく察したけど。
薄々気づいている浩太郎からの見えない壁というか疎外感を、振り払うように力を込めて無理に立ち上がった。
「やっぱ女性はキッチン周りとか、気になりますよね」
難波さんはニコニコとわたしを案内してくれた。
本当は、これっぽっちもキッチンに興味はないのだけど、「そうですね」と口は勝手に動いている。
「小春、ちょっといい?」
難波さんが彼女にそう声をかけるとその女性、小春さんはニコリと可愛らしい笑顔を向けてきた。
「あ、どうぞ。少し散らかってるんですけど」
なにか料理を作っていたらしく、フライパンに色とりどりの野菜が炒められていて、食べなくても美味しそうなのがわかる。
「キッチン台自体は取り替えてはいないんですけど、見た目は手を加えて変えてみたりとかはしてます。あと、食器も、な?」
難波さんが小春さんに促すように話を向けた。
「はい。ほとんど私の趣味で集めちゃったんですけど、どれも素敵なんです、ぜひ見てください」
背面の大きな食器棚には、デザインや形が多種にわたりお皿やカップなどが飾られていた。
あまり興味はないのだけれど、そんなわたしでも見ていて楽しくなる陳列だった。
「小春、また作ってたのか」
「うん、つい」
背後で難波さんと小春さんが声を抑えている会話に、失礼と思いつつも意識が向いてしまう。
「どうせまた食べないぞアイツ」
「だけど、コウ君に栄養ちゃんと取らせたいし。いいの、私が好きなんだから」
好きって、料理を作ること? それとも、浩太郎のこと?
詮索なんてしたくないのに、わたしの調子はやっぱり狂いはじめてしまってる……。
最初のコメントを投稿しよう!