社会人編 4話 壁と距離

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社会人編 4話 壁と距離

 夏がきた。めっちゃ暑い。  社会人になると、なかなか学生時代のようには遊びに行けないから、プールや海までが精神的に遠い。  1年目は、仕事に慣れるのに必死でほぼ遊べず。2年目は、無理して何度かサマーバケーション的なことは出来たけど、そもそも皆とタイミングが合わせづらい。  そして今年はというと、なかなかタイミングが合わないどころか、まったく遊びの予定が立たないのだっ。 「えっ! けっ、けっ、結婚っ?!」  わたしはスマホを滑り落としそうになりながら頬に必死に押し当て、電話向こうのカナッペに吠えた。  なのに、当の本人はなんとも優雅に「そーなのぉ」と、何かをムシャムシャ食べながら呑気なもんだ。 『デキちゃったから、じゃあしよっか、てなっちゃった』 「なっちゃった、って……!」  まさに絶句だ。これぞ絶句だ。ウソだろ、つい数年前まで一緒にアホなスクールライフを送ってた同士がっ。もう結婚っ?! てか、ママになんのっ?! 「え、相手は? ど、どこのどいつじゃ……っ!」  何故か嫉妬と怒りが見も知らぬ相手に向かう。友達を奪われたようで悔しい。 『えー、ほら、前言ってたバイト先のお客さん』 「なにっ?!」  カナッペのバイトは、フリフリ衣装がウリの飲食店だ。けしてやましいバイトではない、モエチンとは違って。  確か10歳くらい年上の人とか言ってたような。押しの強い客がいると……ソイツかっ。 『だからね、ちょっとツワリみたいなの始まってさあ、出歩けなーい』 「まじか……」 『ひたすら食べてないと、もう気持ち悪くて気持ち悪くて』 「まじか……」 『あ、結婚式には呼ぶからね、きてねっ。当分先になるけど』 「わかった……」  スマホの通話オフボタンを押しながら、わたしの脳内にチーンッという軽い音が勝手に鳴り響く。  最近の、何とも言えないムシャクシャした気分を、この夏で弾き飛ばそうと思ったのに……。  力なく握ったままのスマホを持ち上げて、モエチンの名前をタップしようとしてとどまった。  時間が、彼女との時間と生活が、今別次元なのである。めっきり連絡が取りづらくなった彼女は現在、特殊かつ天職に就いている。あれだほら。相手に首輪つけて鎖で引っ張ってるような、あれだ。 「うーんっ」  頭を抱えつつ、アドレスを画面内でめくってみる。ヒロ君の名前が出てきた。  彼とはとてもいい付き合いが続いていて、いまだに男友達として交流がある。なんだったら年上だし、意外にまともだし、少なからず誰よりもわたしのこの鬱々としたものを相談しやすい。  だが、彼には安易に連絡は取れない。最近、彼女が出来たと喜んで報告してきたばかりだからだ。 「だめだーーっ、遊び相手いねーーっ!」  ボフンッと枕に顔を埋めてみた。部屋のクーラーはしっかり稼働してるから快適だ。ひとりだからシャツとパンツだけでウロチョロしようが、歯磨きの後アイス食べようが、誰にも咎められない好き放題だ。  だけど、今はじめて、無性に人恋しくなってしまった。 「そろそろ、潮時かな……」  やせ我慢じゃないとは思ってたけど、それでも怖がりすぎもダメなんだろう。触れたくない部分を避ける為にやってきていたことで、逆に空白の時間を与えてしまうんだとしたら。もはや逆効果だ。  抑え込んでいたものは時を止めていただけで、また動き出そうとしている。こうやってポツンと部屋にいると、浩太郎のことを考えはじめてしまうんだ。  再会を懐かしむも喜ぶもない。まるで、高校時代をポッカリ抜け落としたようなアイツを。わたしよりも、上手に思い出をコントロールして、なかったものにしているアイツのことを。  気になって気になってしかたがないのを、素直に認めるべきなのかも。  **  2か月。浩太郎と再会してから、何度か顔を合わせている。  だけどほんとに、まったく、何もない。何もないどころか「え、わたしたち初対面?」レベルで“キングオブ他人”な状態だ。  仕事で何度もプラスユーに打ち合わせには来ているけど、浩太郎が話をするのはもっぱら尊さんとだけだし。そりゃまあ今日なんて、リノベーション希望のお客様も来ての打ち合わせだから、テーブルで向き合うような位置にもいないし、こっちも打ち合わせ内容を書きとめたり資料を整理したりに必死だから、一度も視線と会話は交わらないだろうけども。難波さんとはちゃんとしっかり会話も視線も交わってますからね。これは明らかに不自然なほど壁を作られているとしか思えない。  そりゃあさあ、浩太郎に嫌な思いをさせた自覚はあるよ。救いを求めてただろうアイツを置き去りにして逃げたんだから、ガッツリ嫌われたんだろう。だから、わたしの存在を記憶から抹消したいという気持ちはわかる。わたしだって過去を消したかったクチだから。だけど、こんなに、仕方ないほど顔を合わせる仕事関係者となってしまったらさ、ほどほどにその壁を低めに設定しなおしてもいいじゃないか。やりにくいっ、そして地味に辛いっ。
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