295人が本棚に入れています
本棚に追加
「なんか、ごめんなさいね」
難波さんが眼鏡の奥の優しそうな目尻を下げた。
打ち合わせは無事終了して、お客様達が帰って、そのあとなんとなく雑談の雰囲気となっている。
目の前では、浩太郎と尊さんが打ち合わせをしていた部屋の壁を指差しながら話し込んでいる。いずれ、この壁を取って隣の居住スペースと繋げ、2倍の広さにしたいらしい。
そのふたりのやりとりを後ろから眺める感じで、同じように立っていた難波さんが、何故か謝ってきた。
「え? 何がですか?」
何も思い当たらず首を捻る。
「いや、コウ――如月がさ、愛想ないというか、そんな風に感じてたなら申し訳ないなと、思って」
まさかのズバリで何と返事していいのか困った。やっぱりか。わたしの被害妄想ではなくて、ハタから見てもそんな風に見えてたんだ……。
「いや、えっと……」
ひょっとして、わたしの事を何か聞いているのだろうか、と焦ったけど、そうではないらしい。
「如月って、どうも女性相手だと愛想ないというか、素っ気ないというか……。ちょっと営業としてはどーなんだってところがあるんで、ボクがそのフォローしてる感じですよ」
「……そうなんですか?」
昔はどうだったろう。そんな風には感じたことなかったけれど。きっと、わたしだからその態度になってると思われるんだけど。
ふと、背後で仕事をしている小春さんのことが気になった。
彼女には普段仕事以外の場では、どう接しているんだろう。
きっとこの部屋のインテリアは彼女の趣味からきている。一緒に住んでいる可能性だって拭いきれない。見ている限りでは小春さんには丁寧で優しく接している気がする。なんとなく溢れ出る小春さんの浩太郎へ向ける好意を、しっかり受け止めている。『女性相手に愛想がない』なんてひとくくりに、彼女のことはできないんじゃないだろうか。
「如月、めっちゃくちゃモテるんですけどね、大学でも、仕事関係でもね……もったいない」
「……そーなんですね……」
目に浮かぶ。ずっと目の当たりにしてきた光景だ。
「どうでした? 如月の小学校時代って」
「……めっちゃモテてました」
素直に溢すと、ふふふと難波さんが横で肩を震わせている。
「え?」
「あ、いや……大村さん……なんかボク……」
「なんですか?」
難波さんが、少し屈んで囁いた。
「タイプです」
「……」
突然のことに何も反応できず、顔がボンッと火照った。
「友達としてもお付き合いしたいです。連絡先、交換しませんか?」
「なっ、えっ……あっ」
ビックリした。友達ね、友達か。え? 大丈夫なのか、浩太郎の友達でもある難波さんと友達になっても。余計浩太郎に鬱陶しがられるんではないだろうか。
目の前で難波さんがスマホを取り出し操作していて、断るタイミングを逃してしまった。
なんとなくコソコソッとIDの交換を終え、難波さんが何事もなかったように浩太郎達のところへ交じった。そのタイミングで後ろからフフフと声が聞こえ振り返ると、パソコンから顔を上げた小春さんが微笑んでいた。
……見られたようだ。
「大村さん可愛いから、難波君我慢できなかったみたい」
「ええっ?!」
予想外の台詞に再び顔が染まっていく。
「あ、でも安心してくださいね。難波君、真面目ですからとってもオススメです」
ニコニコと楽しそうにおっしゃっている。
「い、いえ、わたしは、何も……」
思ったよりも、しどろもどろな自分が残念だ。
「ひょっとして、やっぱり、大村さんお付き合いしていらっしゃる方いますっ?」
「いやいや、まったくですっ。あまり今、そーいうことに気が回らないというかなんというか」
浩太郎が気になって無理だ、とは言えない。
「そうですか、よかった」
小春さんはご機嫌のようだが、こっちは何も良くない。
話を逸らすつもりで、彼女の元へ近付いた。
「小春さんは、どんな仕事されてるんですか?」
「あ、どうぞ見てください」
パソコン画面をこちらに見やすく向けてくれた。そこには、小さく切り取られたお洒落な空間があった。
「家具とか、食器とか、そういったものが被写体というか。画像の素材探ししている人向けに提供できるようにしてるんです。商品の宣伝も兼ねて」
「あー、商品自体を売るだけじゃなくて」
「そうです。コウ君達は、もっとサイズ広く、ワンフロアをお客様のイメージに近づけた空間を作って、てのをしてると思うんですけど、私はもうちょっとコンパクトな世界でやってます」
画面の中の画像は、とても綺麗で幸せに満ちた世界だった。彼女自身の煌めきが欠片となって作品になってるような。
わたしには生み出せない、大きく隔てられた手の届かない別世界。
まさに浩太郎のようだと、思ってしまった。
最初のコメントを投稿しよう!