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社会人編 5話 覚悟
とある週末、わたしは招待された。プラスユーでのバーベキューに。
難波さんからのメールで誘われて、てっきり永塩工務店のひとりとして呼ばれたのかと思ったら、社長も尊さんも呼ばれていなくてビビった。
「この団地に来てから毎年、大学の奴らとその友達とかと集まってパーッとやってるんですよ」
笑顔の難波さんに案内されるようにプラスユーに入ったら、玄関は靴の山、室内はパリピ状態だった。
普段、事務所として利用しているワンフロアのリビングがつまみ食いコーナーになっているし、この1階はそのまま南向きの庭に面しているのでそこでバーベキューをしている。そんな中で、若い男女が大勢集って喋って笑ってと賑やかだった。
(こりゃてーへんだ。人見知りはないタイプだけど、こりゃ、家に帰ったら腑抜けになるな、気疲れして……)
なんとなく無言で難波さんを見つめ上げたら、へへっとばかりに頭を掻いていた。
「ご、ごめん、調子に乗りすぎたかな。酔った勢いで誘っちゃった」
「酔った勢いって」
思わず噴くと、難波さんも笑った。
「なんか、どーしよって躊躇ってたらコウも、誘えばいーじゃんてハッパかけてくるし。じゃあ誘っちゃおって」
「……」
浩太郎が……へーぇほーぅふーん、そーなんだ。つまり、わたしが難波さんとくっつけばいいって、そーゆうことね。
一気に気持ちが沈んでいくのがわかる。すごく、そこは濁ってる。自業自得だからしょうがない。突っぱねて傷付けた、そのツケが今、回ってきてるんだと頭は理解しているのに心がおっつかない。
「あ、大村さーん」
学生の塊から小春さんが現れて、手を振ってやってきた。その華やかな姿と朗らかな笑顔は、場をすぐに明るくする。わたしも少し、気分が変わって笑顔を返すことができた。
「こんにちわ、お邪魔します」
「来てくれてよかった! だいぶ難波君、騒いでたから」
「こら、言うなっ」
小春さんの口元をふさぐようなジェスチャーで、難波さんが慌てている。
ずっと大学や仕事で仲間意識も強く育って、仲がいいんだろう。浩太郎も、普段こんな感じでいるんだろうな。わたしには見せない姿が、そこにあるんだろうな……。
「大村さん、暑かったでしょ、何飲みます?」
小春さんがキッチンに向かう。まるでお店のように瓶がズラリと並べてあった。近付いて見ても、カクテル系に詳しくない自分にはサッパリだった。
「お、オレンジジュース、ください」
「ふふ、よかった。実は私、お酒の種類とかわからなくて。ジュースだったら私でもすぐ出せる」
そう言って小春さんが冷蔵庫に向くと、その背後に「じゃあボクも」と難波さんが声かけて「難波君は自分でしてね」とやりあっている。
できた女性だ。きっとわたしのちょっとした羞恥を感じ取って、“自分のほうが助かった”感を出してくれたんだ。何より彼女の醸し出す雰囲気はいつもほんわかしていて、心地よい。そして包容力すら感じる。
仕事面でも生活面でも、彼女のサポートあってこそ、浩太郎は自分のやりたい仕事にチャレンジして進み続けてるんだろうな。
嫉妬、もちろん嫉妬もある。でも羨望というか憧れというか、わたしがないもの、なりたかったものが、そこにあるような気がする。
彼女なら、浩太郎を支えて癒して、対等な立場で寄り添い合えるんだと思うと、わたしが踏み込んではいけない世界のような気までしてくる。
小春さんに用意してもらったジュースで喉を冷やしながらなんとなく辺りを見渡すと、庭のほうでバーベキューをしている人達の中に、浩太郎の爽やかな笑顔を見つけた。
それだけでキュッと喉が閉まる感覚になる。以前には、あの笑顔が自分にも向けられていたことがある。今はないものだ。
3年前、浩太郎のことを思って逃げた結果は、とてもひどく傷付けて関係が最悪なものになって。今となっては、後悔していると、自分に正直になるほど落ち込んでいる。でも、だからといってあの時をやり直したとしても、わたしはやっぱり逃げただろう。
どのみち、どうしようもないのだ。浩太郎と望む未来は、わたしには与えられないものだ。
彼のそばに相応しい女性は、こんなすくそばにいるんだし、間違ってもわたしではないのだし。
だけど、だけど、わかっちゃいるんだけど、引きずられるものがあって。わたしはやっぱり、浩太郎のことが好きだったんだと。その気持ちだけは、自分だけでも受け止めてあげなくちゃいけないんだろう。
想うだけなら、浩太郎の邪魔にはならない。
こうなったら想い続けて勝手に木っ端微塵に盛大な失恋をして、3年前の罰を受けてやろう。
見た目がどんなに変化したって、中身がまったく成長していない。みんなはどんどん次へと進んでいってるのに、わたしだけ高校時代から時が止まったままだった。
覚悟が決まればいつまでも縮こまってるのは、わたしらしくない。ビクビクしてる時間がもったいない。そもそも、嫌われてるんだからこれ以上心配することなんて、ないじゃないか。盛大に、失恋するの確定なんだからっ。
手元のグラスをギュッと握りしめた。
とにかく男女が大勢入り乱れている現場には、高校時代に異常に馴れている。わりと誰とでも喋れるタイプだ。そしてなにより、夏のイベントに丁度飢えていたっ。ここでしっかりわたしの夏を取り戻してやるっ。カナッペやモエチンに遊んでもらえなくても、寂しくない夏を、送ってやるっ。
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