彼女のこと

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 教会のベルの音が鳴っていた。  「このような場を設けていただき、ありがとうございます。」  まるで誰かの花嫁であるかのような、華やかな沙織は、 同級会の席で、挨拶を述べている。  私は、隣の席でうつむいていた。白いワンピ―スの黒いドットが、 メヌエットを、奏でているような、 厳かで、心細い気持ち。 私の前には、中学生の時から、密かに憧れている、隆之が座っているせいだ。  「ねえ、千穂は、彼氏いないの?」  挨拶を終えて、食事会が再開した時、沙織が私に個別に話しかける。 私は、あいまいに、うなづいて、  「いないことも、ないよ。」  小説投稿サイトで、仲良くなった人がいる。 それを、「彼氏」というのは、不謹慎で間違っているけれど、 心の拠り所なのだ。  「今、小説書いてるんだよね。」 隆之が、話に割り込んで来た。 隆之と、沙織は、中学生の時から、 「付き合っている」とか「沙織がふられた」とかの、 噂が流れているような、スキャンダラスな関係だ。 でも、ホントのことは、よく知らない。  「ペンネームは‥‥」 その名前を聴いた時、私は、心臓が一時、止まったのを感じた。  「シャロル。」  シャロルさん。それは、私の小説の、「猫友達」=「彼氏」だから。  「もう、10年くらい、経つよね。」  興味なさげに、沙織が言う。 10年――。 それは、 卒業してから、10年? それとも、沙織と隆之が、別れてから10年? 後者なら、もう、2人は、 とっくに、別れていることになる。 でも、恋に、終わりなんて、あるんだろうか。 私は? 私は、どうしたらいいの? 「このような場を設けていただき、ありがとうございます。」 それは、結婚式の会場。 花嫁は、私。 そんな夢を見るのは、今は、秘密にしておこうか。      
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