2.クレクレおばさん

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「さて、じゃぁ始めましょうか!」  晴一は口をきりりと引き結び、拳を強くにぎると、大きく跳躍して飛び去っていった。あいつなりに、怒っているみたいね。  雪希に猫にしてもらうと、一緒に恵子さんのの家に向かった。到着すると、晴一は既に準備を整えて待っていた。 「例の人には、あっちで隠れてもらってるからね」 「ありがとう」 「ねぇ、月光羽ちゃん。これから夜は特に一人で出歩かないでね。オレがいつでもエスコートしてあげるからね~」 「どうしたの急に?」 「ん~? かわいい月光羽ちゃんともっと一緒にいたいな~って思ってね」  しれっと腰に手を回し、抱き寄せようとする。 「ちょっと! 仕事中なんだから!」  ニヒヒと笑いと晴一は手を離したが、どこか様子が変な気がする。  そうこうしてるうちに、問題のゲスママ真知子さんが現れた。  真知子さんは恵子さんの家のインターホンを押し、にんまりして踵をリズミカルに上げ下げして、上機嫌で待っている。踵のリズムが二十回ほどのところで、恵子さんがバッグを持って出てきた。  この離れた場所からでも分かるほど、卑しく目を光らせていた。口元はまんまと手に入れた喜びで、自然と上がってくる口角と、口先だけの感謝の言葉で終始動いている。  一通りのやりとりの後、恵子さんは「おやすみなさい」とドアを閉めた。真知子さんが振り返ると、そこは暗い沼のほとりだった。慌てて玄関側に向き直ったが、そこには既に何もなく闇が広がっているだけ。  下卑た顔を引きつらせ、もらったバッグを強く握りしめると、ギョロギョロと辺りを見回した。 「置いてけー、置いてけー」  どこかから女の声が響いてきた。  ゲスママ真知子さんののどは、恐怖のあまりヒューと情けない音を立てた。すがりつくように更に強くバッグを抱え込むと、また直ぐ後ろから置いてけーと声がした。  恐る恐る真知子さんが振り返ると、そこにはゆらゆらと青白い顔の女が、沼の上に浮いていた。 「ひぃ……」  今にも力が抜けそうな足を何とか、右左右左と動かして真知子さんはその場から逃げ去ろうとする。右左右左……動かすことだけに集中したのが、功を奏したのか、少しずつ速度が上がった。けれども、すぐ後ろからは置いてけーと女がついていく。  最初は気がつかなかったようだが、何度目かに振り返ると、ものすごい悲鳴を上げた。 「ギヤーーー! ば、化け物!」  ゲスママ真知子さん追いかけていた女には顔がなく、本来目や鼻や口がある場所は、顔を描く前のこけしのように、のっぺりと何もなかった。
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