プロローグ

1/1
前へ
/11ページ
次へ

プロローグ

「ある日の暮方の事である。一人の下人が、羅生門の下で雨やみを待っていた。広い門の下には、この男のほかに誰もいない。ただ、所々丹塗(にぬり)の剥はげた、大きな円柱に、蟋蟀(きりぎりす)が一匹とまっている。羅生門が、朱雀大路以上は、この男のほかにも、雨やみをする市女笠(いちめがさ)揉烏帽子(もみえぼし)が、もう二三人はありそうなものである。それが、この男のほかには誰もいないーーー」  ある日の暮れ方のことである。  一人の少女が片手に本を持ち、もう片手で傘を差しながら羅生門跡で雨止みを待っていた。羅生門跡と書かれた石碑の近くには、この少女の他に誰もいない。  ただ、所々塗装の剥げた細い滑り台の円柱にヒグラシが1匹とまっている。  羅生門といえど、今はただの公園だ。急ぎ足で帰宅するサラリーマンが時々通るそんな寂しく小さい公園である。  そのためか、その公園には少女の他に誰もいない―――。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加