演劇

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 そして先程の少女が羅生門跡のある公園に部活帰りに寄った、というわけだ。せっかくなら現地で練習をしようと、脚本片手にナレーションの練習をしている。暗くなっていく羅生門は少女の朗々とした声で満たされていた。 「あ、たっちゃん」 「え? 嘉手納(かでな)は家こっちの方じゃないでしょ?」 「現地の空気を吸ってみようと思って」  すると少女は突然朗読を止め、公園の前を通り過ぎようとした少年を呼び止める。先程の演劇部にいた一人の男子である。たっちゃんこと、達志(たつし)は突然同じ演劇部の嘉手納に呼び止められて困惑しているようだ。 「嘉手納って……。私たち、付き合ってるんでしょ? そろそろ下の名前で呼んでみたらどうなの?」 「でもさ、やっぱ恥ずかしいしさ……」 「はい! か、お、る! せーのっ! 薫!」 「……か、薫……」 「よくできました!」  嘉手納改め薫は達志に自分の下の名前を呼ばれてニコニコと笑う。とても嬉しそうだ。どうも二人は付き合っていたらしい。 「ところで今さ、今日の脚本のナレーション練習してたんだよな? 聞かせてもらえる?」 「んもー! 別にいいけどさ、傘を差してずっとたっちゃんのこと待ってたんだよ? たっちゃん舞台監督と照明になったから色々調整するから先に帰ってていいよ、って。そんな彼氏を健気に待っていた彼女ともっと関わろうとしないのかなぁ⁉」 「羅生門で待ってたから聞いてほしいのかな、って思って。自信あるんだろ?」 「バレバレすぎて恥ずかしい」 「そりゃあ、彼女のことは何でも分かりますからね、これでも薫の彼氏ですし」 「……んなっ!」  そんなやり取りをはさみつつ、二人は小雨が降るもうそろそろ夜になるだろうという夕暮れの中、羅生門跡の石碑の目の前で向かい合って羅生門を読み合う。ナレーション、老婆担当は薫、下人担当は達志だ。 「―――ある日の暮方の事である」  空気が一変する。  今まで流れていた和やかな雰囲気が薫の一言で本当に物語の舞台にいるように感じるほどだ。  彼女がなぜナレーション担当に選ばれたのか、これでわかるだろう。彼女の朗読は人を引き込む力があり、彼女自身もそれを上手にコントロールしている。ふっと引き込みを弱くして外の世界を感じさせたかと思いきや、その感じたものごと物語の世界へと変換していくのだ。到底できる代物ではない。  彼女は黙々と朗読を続ける。『羅生門』の前半部分はほとんどが語り手による状況描写である。あえてそれを残し、演劇ではナレーションの後ろで下人役が演技をするのだろう。  そしてようやく場面は移る。
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