01.始まりは婚約破棄

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 彼等の様子から、ヒロインに攻略されているのだろう。 「お楽しみのところ申し訳ありませんが、ヘンリー殿下。婚約を破棄したいのであれば、もっと早くにおっしゃってくだされば良かったのに。わたくし達の婚約は政略上のもの。互いの感情は何一つ挟んでいませんし、幼い頃より殿下との婚姻はわたくしの義務だと思っておりましたから、一言相談してくだされば早々に婚約を解消するようお父様にお願いしましたわ」 「義務、だと?」  貴方のことが好きだから婚約したわけではない。恋人が出来たなら早く言ってくれ。と、破れまくったオブラートに包んで伝えれば、ヘンリーはポカンと口と目を大きく開く。 「それで、国王陛下、王太后陛下はご存知でしょうか?」 「そ、それは、まだ伝えてない」  しどろもどろになり答えるヘンリーの考えの甘さに、シュラインは片手で顔を覆ってしまった。 「まだ殿下の、わたくしとの婚約を解消してアリサ嬢と新たに婚約したいという、熱い想いをお伝えしていませんの? わたくしとの婚約は王太后様がお決めになったものですから、一番にお伝えしなければならなかったでしょう。わたくしも、明日にでも報告のため登城しなければなりませんね」 「そ、そうか」  強ばらせていた表情をあからさまに崩したヘンリーの下心に気付き、シュラインは眉を吊り上げた。 「わたくしが登城するのは、今まで王妃教育をしてくださった王太后様に謝罪するためです。貴方達のためではありません。勘違いならさないでください。婚約云々は、ヘンリー様ご自分でお伝えください。それがけじめというものでしょう」 『ヘンリーは頼りないところがあるから、物事を冷静に判断出来るシュラインが丁度いい。いつかわたくしに、可愛いひ孫を抱かせておくれ』  ヘンリーの婚約者となった幼いシュラインへそう言い、王太后は微笑んだ。物心つく前に母親を亡くしたシュラインにとって、王太后は厳しくもあたたかい母親のような存在だった。 (王太后様がこのことを知ったら、確実にお怒りになるわ。だから今日まで言い出せずに根回しも出来なかった。最後まで甘ったれた考えの男ね。そうだ。私、ナヨナヨした男って嫌いだったわ)  何故だったかと首を傾げた時、軽い目眩と共にまたもや記憶が甦ってくる。  仕事で働きぶりを認められ充実した日々を送っていた二十代後半、学生時代から付き合っていた彼氏と結婚を意識して式場を探し始めた頃だった。突然、職場に彼氏の本命の彼女だと宣う女がやって来たのだ。  長い交際で、関係がマンネリ化しているのは感じていたがまさか浮気をしているとは、相手の女に子どもが出来ているとは思っていなかった。  女に妊娠を告げられてもシュラインの前世だった彼女に別れ話を切り出すことも出来ず、ずるずると付き合いは続いていたらしい。優しい、言い換えれば優柔不断な彼氏だった。 (ヘンリー殿下もあの男と一緒じゃない! 優柔不断なところも、自分に酔っているところも) 「酷いわ!」  アリサの声で、前世の自分の感情に引っ張られかけていたシュラインの意識が戻る。 「やっぱり、シュライン様は優しくありませんのね! ヘンリー様から王太后様はとても厳しい方だと聞いています。長らく婚約者をしていた相手のために、王太后様の怒りを和らげようと動いてくださらないのですか!」 「あら、何故わたくしが王太后陛下に婚約の解消を申し出なければならないのですか。解消したい方が説得するというのが筋というものでしょう。今後の殿下のお立場を考えた、わたくしなりの優しさですよ」  にっこり微笑みながら言うと、アリサは悔しそうに可憐だった顔を歪めた。 「スティーブ」  睨んでくるアリサは無視して、教室の外に控えていた執事姿の従者の青年を呼ぶ。  現れたスティーブの姿に、アリサは先程までシュラインを睨んでいた夜叉のような顔から、庇護欲をそそる可憐な少女へと変わる。  瞳を輝かせたアリサに見詰められても、スティーブは眉一つ動かさずシュラインの側まで歩み寄った。 「紙とペンを用意しました」  シュラインが指示する前に、意を酌んでくれる藍色の髪と瞳を持つ用意周到な従者は、紙が挟まったバインダーと万年筆を差し出す。 「ありがとう」  感謝を伝えるとスティーブは目を細めて頭を垂れる。  視界の隅では、アリサが唇をきつく結んでいるのが見えた。 「ヘンリー様、殿下が婚約の解消を望まれていること、わたくしには一切の非はないことが分かるように一筆書いてくださいませ」 「な、何故そんなことを」  苛立ち混じりのシュラインの迫力に圧され、一方下がったヘンリーは首を横に振る。 「わたくしの今後に関わる大事なことです。婚約を解消したいのならば記入をお願いいたします。半年以上、婚約者(わたくし)と学業、さらに生徒会長の仕事を放棄しアリサ嬢との恋愛を楽しんでいらしたようですね。その事に関して、僅かでも後ろめたいという感情をお持ちならば書いてくださいますよね?」  事実と嫌味を織り混ぜた辛辣なシュラインの言葉に、強張ったヘンリーの頬を一筋の汗が伝う。 「くっ、分かった」 「ヘンリー様」  眉尻を下げたアリサがヘンリーのブレザーの袖を引っ張る。強張った表情を崩したヘンリーは振り向き笑みを向けた。 「大丈夫だよ。これでアリサは俺の婚約者として認められる」 (まだ、わたくしが貴方の婚約者なのにお目出度い二人ね)  鼻で笑ってやりたくなるのを堪え、シュラインはヘンリーが記入を終えるのを見守った。
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